第23話「冷気と閃光」

 直剣を構えたヘミクレースに対して、俺たちも臨戦態勢をとった。臨戦態勢といっても、武器なんてないので、どう仕掛けてきても動けるように集中するだけだが。


 ヘミクレースはやはり少し離れた位置から直剣を薙ぎ、氷槍を放ってきた。扇状に広がり迫ってくる氷槍を、牢屋のときと同じように炎で溶かす。


 そして、ヘミクレースに向かって炎を撃ち出す。しかし、ヘミクレースが直剣を振るうとともに撒かれた水により、炎はかき消された。


「……その程度の火力では、私の生み出す水すら撃ち抜けませんよ」


 再び氷槍を放ってくる。俺はまた同じように氷槍を溶かすが、オリクレアはその後ろにから横へ飛び出し氷槍を避け、ヘミクレースに接近する。


 右手には賜術で生み出した氷の剣。一気に距離を詰め氷の剣を振るう。しかし、その剣はヘミクレースの直剣に受け止められ、砕かれた。


 オリクレアはそれで止まることなく、左足を振り上げた。その足はヘミクレースの左手で押さえられが、それでもオリクレアは踵を振り下ろした。しかし掴まれたままの足は無理矢理いなされヘミクレースにはヒットしなかった。そして、今度はヘミクレースが右手に掴む直剣を振り上げた。


(まずい。……いや、すまない、オリクレア)


 俺は両手を前に構え、攻撃の用意をした。オリクレアは、ヘミクレースの左腕を台にして飛び退った。直剣の間合いからは逃れたが、空中では身動きができない。そこにヘミクレースは氷槍を放った。オリクレアは両腕を前に構えて氷槍を受けた。


 しかし、オリクレアは冷賜術使いだから、直接直剣で斬られなければダメージはそれほど受けないだろう。俺は透かさずヘミクレースに向かって炎を撃ち出した。あいつはいまオリクレアへの攻撃で手いっぱいのはずだ。


 俺の放った炎は、水にかき消されることなくヘミクレースまで到達した。しかし――。


「やはり先ほどは火力を抑えていましたか。今度の炎は水では押し負けたでしょうね。しかし、私は冷賜術使いです。敬意忠義で戦い方を決めているとはいえ、それで死んでは元も子もないですからねぇ」


 奴の前には氷の壁があった。炎を受けるとき、即座に左手から直接氷を生成したようだ。右からは水、同時に左からは氷とは、器用だな。


 しかし、氷の壁を溶かせなかったとなると、あいつは氷槍も更に強度を上げられるのだろう。そうなると攻略法がかなり限られてくる……。


 オリクレアは、既に動ける状態のようだ。腕の皮膚を削られたようだが、そのくらいしばらくすれば治る。


 ヘミクレースはこちらに向かい、氷の壁を直剣で砕き飛ばしてきた。それを炎で打ち消し、こちらも炎を撃ち出す。真正面から撃ち合っても、俺の火力ではあいつの防御を貫通できないだろう。であれば、隙をつくしかない。


 ヘミクレースは連続で氷槍をこちらに放ってくる。同じ冷賜術使いのオリクレアよりも、あいつの防御を貫通できない俺の方が相性がいいので、先に俺に対処するつもりなのだろう。


 しかし、俺に集中するのであれば、オリクレアが攻撃を加える機会ができる。俺たちは賜術による戦闘より、肉体を使う方が得意だ。冷賜術で劣っていても、純粋な近接戦であればオリクレアに勝機はある。


 俺は氷槍をいなすのに集中する。先ほどの予想通り、時折俺の炎では溶かしきれないままの氷槍が飛来する。なるべく氷槍を溶かしながら、溶かしきれない氷槍を目視で躱すことを続ける。しばらく炎を発生させ続けているため、周囲の温度が上がってきた。


「兄さん!」


 オリクレアの呼ぶ声が聞こえた。その声で一瞬集中が解ける。周囲に意識を向けた。相変わらず氷槍は飛来している。しかし、溶かしきれている。意識を少し逸らしても問題ない。周辺は水浸しだった。炎で溶けた水も、地面で砕けた氷槍も、熱さで地面を濡らし広がっている。


 そして思い出した。ヘミクレースから最初に受けた攻撃――地面からの氷槍。


(! まずい――!)


 俺はすぐに飛び上がり、下方に両腕を向け炎を放つ。やはり、ジャキジャキと音を立てながら氷槍が突き上がってきた。


「――くっ!」


 ぎりぎり間に合わなかった。氷槍は易々と俺の掌を貫通した。横から飛び上がったオリクレアが空中で俺をキャッチして、地面から突き出た大量の氷槍の範囲外で着地する。


「凄まじい運動能力ですね。先刻の踵蹴りも、直撃していたらどうなっていたか」


「兄さん、腕!」


 遠くで言葉を漏らすヘミクレースを他所に、オリクレアは慌てている。


「あぁ、結構深く突き刺さったな……」


 腕を動かしてみる。右手は掌を貫かれただけで済んだため、腕は上がる。対して左手は掌から肘の近くまで氷がめり込んできたようで、動かせない。右手はそのうち治るだろうが、左手は時間がかかりそうだ。


「オリクレア、とりあえず左手を氷で固めてくれないか。いまは止血をしてる暇はない」


「わ、わかった……。でも、右手は?」


「右手は平気だ。治ってきてるし、賜術も使える。……オリクレア、目は使えるか?」


 オリクレアに左手を差し出しつつ尋ねる。


「? ……使えるけど。兄さんはどうするの……?」


 答えながら、氷で俺の左手を固める。


「俺も戦う。俺が合図をしたらやってくれ」


「え、でも……」


「心配ない。そのための合図だ」


 応急的に血を止め、立ち上がる。


「なぁ、あいつの攻撃、全部避けられるか?」


「……避けるだけなら。でも、近づいて攻撃するのは無理かな」


「そうか……。なら、オリクレアは避けることに専念してくれ。俺は万全でも避けきれない。俺はここで戦えないふりをしながら、隙を見て攻撃する」


「……兄さんにもできるよ」


「はは、どうだかな」


「……じゃあ、行ってくるよ。頼んだよ、兄さん」


「ああ。お前の方が危ないんだ、こっちこそ頼んだ」


 そうしてオリクレアはヘミクレースの方へ近づいていく。左手には氷の剣を持っている。外観だけでも攻撃の意思を見せるためだろう。


 ヘミクレースがオリクレアに攻撃を開始する。相変わらず、水を空中で氷槍に変えて飛ばす戦法をとっている。こちらには攻撃してこない。あくまで、俺たちを確保することが目的のようだから、逃げない限りは放置するつもりなのだろう。それなら好都合だ。


 俺は賜術の操作に集中する。この戦法は、マディエスにやったのと同じ。放出した原動力を、炎を生み出さないまま操る不意打ち。マディエスには気づかれたが、普通は目に見えず音もなく近づいてくるものを察知することなどできない。


 俺は注意深くヘミクレースの隙を伺う。オリクレアは身を翻したり飛んだりして攻撃を躱している。しかし、ずっとこのままでは、オリクレアが攻撃しないことに気づかれるだろう。


 原動力を操作し、ヘミクレースの周囲を囲むように配置する。これでいつでも攻撃を仕掛けられる。あとはタイミングだ。


 オリクレアは、先ほどと少し動きを変えたようだ。ただ躱すだけではなく、時折敢えて氷の剣で氷槍をいなしている。硬度で言えば氷槍の方が上だろうに、とても器用だ。


 そう考えたとき、オリクレアの氷の剣が砕けた。氷槍に押し負けたようだ。それでも、オリクレアは掠ることすらなく氷槍を躱しているので、そういう演出なのかもしれない。


 しかし、ヘミクレースはそれをチャンスと捉えたのか、動きを変えた。今までは、直剣を薙いで広範囲に氷槍を放っていたが、今度は直剣を後ろに引き、突きの構えをとった。


 薙ぎの連続に比べると少し、動きが緩慢だ。チャンスは今だろう。俺はヘミクレースの周囲の原動力から炎を放ち始めると同時に、ヘミクレースに向かって走り出した。


 ヘミクレースは、オリクレアに向かって突きで氷槍を放ってすぐ、大きく全身で回転した。同時に、ヘミクレースの周りに氷のドームが形成される。俺の放った炎が氷のドームを飲み込んですぐ、俺は飛び上がる。


 炎が消沈すると、上の方だけ溶けた氷のドームの中にヘミクレースが見えた。


「やはりあなたが攻撃を仕掛けてきましたか。しかし、まだ詰めが甘いようですね」


 俺は空中からヘミクレースに向かって右手とを向け炎を放った。しかし、それはヘミクレースが左手で生成した氷の盾で阻まれた。そして、ヘミクレースは右手の直剣を振るってくる。俺は間一髪、突き出していた左手を覆っている氷でそれを受け、今度はヘミクレースから離れる向きへ飛ばされた。


(――これで作戦通りだ)


 オリクレアの方を見る。合図などなくてもわかっているのだろう。もう攻撃できる状態のようだ。オリクレアは一気にヘミクレースまで距離を詰め、そして目を見開く。


 いつもは開いているんだか閉じているんだか、起きているんだか寝ているんだかわからない目つきだが、目を開くとやはり、俺に似ている気がする。


 しかし、1つだけ明確に違う点がある。灼賜術を使う俺の目の色は赤い。しかし、オリクレアの目の色は、黄色。


 ヘミクレースは俺に攻撃を防がれたことで少し眉根を寄せたが、すぐにオリクレアの方へ向き直り、直剣を構える。しかし、油断がある。おじさんたちに聞いた話だが、2種類以上の賜術を扱えるのはとても珍しいことらしい。


 だから、緊迫したこの状況で、ヘミクレースが雷賜術に適応することは、無理だ。


 オリクレアの目からまばゆい光が放たれる。轟音を放ちながら雷撃は一瞬でヘミクレースにたどり着き、大きな爆発と衝撃を引き起こした。砂埃が舞う。やはり地面にまで雷は流れたようだ。


 俺は少し距離のある所で着地し、オリクレアも爆発で吹き飛ばされたがしっかりと受け身をとった。


「兄さん!」


 オリクレアが走り寄って来る。


「俺は大丈夫だ。左手の氷は砕かれてしまったが。オリクレアこそ、大丈夫か?」


「私は大丈夫。目がチカチカするけど」


 だろうな。あれだけの光を間近で見れば普通そうなる。


「……あいつは?」


「だから、見えないよ。でも、直撃したし、流石にちゃんと死んだんじゃないかな?」


 ……いや、そんなことは期待していない。それはそれで困る。動けない程度にダメージを受けていればいいのだが……。


 ヘミクレースの方を見てみる。かなりの火傷を負っているようで、仰向けに倒れている。しかし、動いているため生きてはいる。流石に賜術士なだけあって、体内へのダメージは抑えられているのだろう。心停止などはしていなさそうだ。しかし、通常の雷と異なり、雷賜術による数瞬長い直撃は、体表を焼いたようだ。


(……どうする? このままでは死んでしまうかもしれない。しかし、早く移動するに越したことはない。かといってこのまま見捨てて死なせるのは論外だ)


「……そこで何を呆けているんですか。さっさと逃げるのが得策でしょう……」


 覇気のない声が聞こえた。ヘミクレースだ。意識があったようだ。


 俺は歩いてヘミクレースに近づいていく。オリクレアも付いて来た。


「……まぁ、私に死なれたら後で面倒だとか考えて迷っているのでしょうね。それは無駄な心配ですよ。……言いましたよね、私はヴァイガットの部下であり、彼は雷賜術の管制士だと。雷撃を受けたときの手当の方法など、知らないはずないでしょう」


「いいですか。あなたたちはまだ狙われているんです。そして全員が、あなたたちを殺さずに捕まえようというわけではありません。いずれその例外者がここに来ます。とても強く、融通の利かない人ですよ」


「……明日、中央都市で連合の会議が行われます。死にたくないのなら、そこに向かうといいでしょう」


「! ……なぜ、俺たちの助けになるような助言をするんです?」


 ヘミクレースは俺たちに情報を与えてまで、俺たちがとにかくここから離れることを望んでいるようだ。


「……はぁ? 助け、ですか? ……それは思い違いですよ。ヴァイガットは、あなたたちを死なせずに利用するつもりのようですからね。彼の部下である私が、その意向を尊重するのは当然でしょう」


「……そうですか。なら、オリクレア、行こう」


 確かに、俺たちは早く行動したほうが良いし、ヘミクレースもこれだけ喋れるのなら、本当に平気なのだろう。ならば、もうここにいる意味が無い。


 しかし、オリクレアはまだ何か関心があるようだった。


「……ねぇ、あなたは、誰なの?」


 ……? 何を聞いているんだ? 意味が分からない。まぁ、よくわからないことはしょっちゅう言っているが。


「…………無関係ですよ、あなたたちとは」


 その回答の意味も俺にはよくわからない。ヘミクレースには、オリクレアの質問の意味がわかったのだろうか。それでも、回答にはなっていない気がするが。


「……そう。それじゃ、さようなら」


 オリクレアはいまの回答で納得したようだった。質問者が満足したのなら、俺が口を挟んでもしょうがないか。


「……それじゃあ、行くか」


 俺はオリクレアにそう言い、ヘミクレースから離れる。腕の手当をしてから、俺たちは中央都市へ行くため南に向かって走り出した。

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