第41話「報告」

 俺とオリクレアは今日、フラメリアル王城に泊まることになった。しかし、明日にはここを出て、俺たちの家に帰る。ここは当然、俺たちの家ではないのだ。


 女王には子供が俺たちしかいないから、もしかしたら後々面倒なことに巻き込まれることがあるかもしれないが、少なくともいまの俺たちはジュエナル・フラメリアの子ではない。家族は別にいる。それは女王もわかっていることで、揉めることもなかった。


 女王とオリクレアの2人がひとしきり泣いて落ち着いた後、俺とオリクレアは女王と別れて客室に戻った。やることも無いので、オリクレアと談話して時間を潰した。そうやってオリクレアと意味のない会話をしたのも久しぶりだったかもしれない。思えばいつも事務的な会話ばかりだった気がした。


 俺はこいつのことを何も知らない。どんな人生を歩んできたかはずっと一緒にいるから知っているが、心情的なことは何も知らなかった。


 こいつは賜術士になりたいらしい。冷賜術に雷賜術、そして剣賜術。オリクレアにはどれも適性があるように思えた。どれが向いているとか向いていないとか、そんな話をしているうちに日は落ち、夕飯時になった。


 夕飯は女王も交えて3人でいただいた。さすが王城、いままで食べたこともないような豪勢な料理だった。女王は今日は特別だと言っていたが、本当なのかどうか。


 夕飯を食べ終えたころ、1人の兵士が部屋に入って来た。この人は、この前の会議にいた人だ。赤い髪に、黒い仮面で目元を隠している。


「? なにかあったのかしら?」


 女王は兵士に尋ねる。


「はい。ご報告しなければならないことがあります」


「……そうですか、なら部屋を変えてからにしましょう」


 女王はそう言って立ち上がる。しかし、兵士はなぜか俺たちを見ると、女王の提案を拒んだ。


「いいえ、ジュエナル女王。いま、ご報告させていただきます」


「……? わかりました。なにがあったのですか?」


 女王は少し怪訝そうに尋ねた。


「いましがたサンディアルに駐在している兵からの書簡が届きました。それによると、サンディアル国が戦争の準備をしている動きがみられるようです」


(……! 戦争? なぜいま? どこと? ……いや、そんなのわかりきっている。サンディアルは、独自に賜学の集落を攻撃する気なのだ)


「詳しく聞かせてください、ネクウィローン」


「はい。書簡によると、数日前からヴァイガット頭領は、武具会への物資の提供と武器の発注を進めているようです。それほど大規模な動きではないようですが、賜学の集落の規模を考えると、妥当とも受け取れるかと思います」


「……戦争を仕掛ける相手は、やはり賜学の集落だと考えますか」


「はい。賜術の国を相手取る戦力の規模ではありませんし、他国に動きを悟らせない努力はさほど感じられません」


「そうですか……。開戦はいつ頃になると考えますか?」


「フラメリアルの領土を侵犯しないためには、北の山を進むしかありません。開戦には1週間以上は要するかと」


「……わかりました。中央都市に書簡を出します。悪いけれど、すぐに向かってもらえますね?」


「はい、承知しています」


 そう言って兵士は礼をして部屋を出て行った。


 開戦までにはまだ時間があるらしい。いまから対策すれば、サンディアルは賜学の国だけではなく、他国からの牽制も免れない。集落の負け戦にはならない。


「……ごめんなさい、食事のときにこんなことになってしまって」


 女王は俺たちに謝ってきた。しかし、女王が悪いわけではない。


「気にしないでください。悪いのは、決定に背いたヴァイガットです。女王は悪くない」


「……そうね……。どうして、そんなに憎み続けていられるのかしら。私も、この国の民を受け入れることができたというのに……」


 ……夫を殺され、生まれたばかりの子を自ら手放すしかなくなっても、この人は国民のために女王になった。憎んでいてもおかしくはないのに、受け入れた。ヴァイガットは賜学のなにが憎いのか。なぜ憎み続けていられるのか。憎しみなんて抱いたことのない俺にはわからない。


「あなたたちは、これからどうするの……?」


 女王は俺たちに尋ねる。一抹の寂しさを表情に湛えながら。


「……明日、賜学の集落に行って知らせようと思います。あそこに行ったことがあるのは俺たちだけですから。今日は、ここに泊まらせてもらいます。それでいいよな?」


 オリクレアの方を見て確認をとる。


「うん」


 端的な返事。開戦が1週間後なら、一晩を焦ったってしょうがない。今日はゆっくりさせてもらおう。明日急げるように。


「そう……。ありがとう」


 女王は微笑みながら俺に礼を言った。



 *



 僕と連合国からの使節の3人は議事堂内の1室に通された。


「どうぞお掛けになってください」


 部屋の中には椅子が6席並べられていた。僕たち4人は並んで座り、テーブルを挟んだ向かいにフォトガルムさんとイレトレンは座った。


「さて、それでは報告を聞きます。ですがその前に、もう顔を隠す必要はありませんよ」


 フォトガルムさんは使節の3人に声を掛ける。3人はフードを捲って素顔と髪を晒す。


「初めまして。私はこの集落の政事に関わる部門を仕切る、政事権者のフォトガルムと言います。今回は集落までお越しいただいてありがとうございます」


 フォトガルムさんが挨拶をし、続いて使節の3人も挨拶を済ませた。


「ではマディエス君。集落を出発してからのことを聞かせてください。賜術の国との協約については、それを聞いてから協議しましょう」


「わかりました。ですがその前に聞きたいことがあります。……トソウさんはいまどちらに?」


 ようやく聞けた。集落に戻ってきていないとしたら、また向こうに行って探さなくてはならない。


「トソウなら、君たちが出発した日早々に戻ってきましたよ。無事任務は達成されましたし、一応問題はありません。御用があるのでしたら、明日メゾメルを介して連絡を取らせましょうか?」


「! そうですか、ありがとうございます。何があったのか聞きたいので、ぜひお願いします」


「わかりました。他に何かありますか?」


「いいえ、確認したかったのはそれだけです」


 そう言って僕は居住まいを正し、話し始める。


「僕たちはまず、賜術の国に繋がっていると思われた洞窟に向かって――」



 *



 僕は任務中にあったことの詳細を話した。その際、どうしてもザレンドさんが同行していたことを伏せることはできず、バラしてしまった。フォトガルムさんはやれやれといった様子だったが、怒っている感じではなかった。


 賜術の国側の細かい動向を、使節の3人に確認しながら話を進める形になったため、全てを話し終える頃には、優に1時間を超えていた。


「――そして今日の朝、連合国の使節の方たちと共に中央都市を出発し、馬車で集落まで戻ってきました」


 ……こんなところか。ほぼほぼ僕が喋り続けていた。そろそろ疲れてきたが、ようやく話し終わった。任務に関係することは全て話せたと思う。いい加減休憩が欲しい。この部屋の空気感はとても疲れる。


「なるほど、そして今に至るわけですね。概ね内容は把握できました。内容は記録してあるので、不明なところがあれば後日確認をとることがあるかもしれません。その際はよろしくお願いします」


「はい、わかりました」


 これでやっと僕の話す時間は終わりだ。しかしこの後は、使節の方との協約の話が続くはずだ。正直休憩が欲しい。というか、僕はいなくてもいいのでは?


「それでは、協約の話に移行しましょう――と、言いたいところですが、少し休憩にしましょうか。任務とは関係のないことで、尋ねたいこともできましたしね」


 よかった、休憩を貰えるようだ。しかし、尋ねたいこと? 僕にだろうか。


「いやはや、まさか集落に賜術の人間が入って来ていたとは思わなかったです。君の両親について、ダルタは知っているのですか?」


 やはり僕に対してだったようだ。


「はい、多分なにか知っているとは思います。特に聞いたことはありませんが、知らないという感じではなかったと思います」


「そうですか。今日ここに戻って来てから、ダルタには会いましたか?」


「いいえ、集落に入ってからはここに直接来ました」


「なら、君にもダルタの居場所はわからないのですね……」


 ? どういう意味だ?


「ダルタさんがどこにいるかわからないのですか?」


「……ここ数日連絡が取れないのですよ。君なら会っているかもと思ったのですが、知らないのであれば仕方ないです」


 ここ数日……ということは、僕たちが賜術の国に行ってからだろうか。それ以前もいなくなることはあったが、何日も連絡が付かないなんてことはなかった。


「聞きたいことはまだあります。君の賜術――灼賜術ですか。それはいまも使えるのですか?」


「はい。使い方を思い出したので、いまも使えます」


「……この集落の中で、過去に使ったことがあるのですね?」


「それは……」


 いくらか昔のことで思い出したことがある。僕は幼いころ、賜術を友達に見せた。誰に見せたのかは覚えていないのだが、権者に知られていなかったといなかったということは、その人はいまでも隠してくれているということなのだろう。


「……まぁいいでしょう。最後にもう1つ。君の話していた黒い光というのも、賜術なのですか?」


 あのときのことは、剣を無くしてしまったことを隠すわけにもいかないので話していた。しかし、僕が頭の中で話した人物については話していない。その人物は、黒い光のことを『私の記憶』と言っていた。つまり、あの黒い光は僕が使ったことのあるものではなかったのだろう。しかし、記憶を共有した以上はわかる。


「黒い光も賜術なのは間違いないと思います。でも、それがどういうものなのかはわかりません」


「……」


 フォトガルムさんは黙したままだ。使節の3人も、よくわからないという感じだった。


「……その黒い光もいま使おうと思えば使えるのですか?」


「……はい。ですけど、たぶん危ないものなので、試しに使ったりはしたくないです。あと、何かしら媒体が必要になります」


 剣は黒い光により消滅してしまった。自分の体では使えない。頭の中の誰かの記憶でも、何かしら武器を媒体にしていた。


「……そうですか、わかりました。私が聞きたかったことは以上です。休憩と言いつつ、結局質問攻めしてしまいましたね。申し訳ない」


「いえ、大丈夫です」


 正直全然休まっていない。しかしこの流れ、もう休憩は終わりだろう。


「……そうですか。……聞きたいことはこのくらいか。もうそろそろいいでしょう」


 ……? なにがいいんだ? 休憩はもう終わりでいいということか?


 ガシャン、と背後から音がした。扉が開いたようだ。誰かが入って来た? 確認するため振り返ろうとした瞬間――。


「――ぐっ」


 首の辺りでバチンという音と痛みがした。そして急に体が重くなった。


 なんだ……? 重く動かしにくい体で振り返ると、政事の関係者らしき男が2人立っていた。手にはなにか持っている。


「な、なにを……?」


「……それは賜学の製品を停止させる道具です。随分と体が重そうですね」


「そして、賜術の人間にも効果はあると。一度で意識も奪えるとは……これはいい」


 フォトガルムさんの声。横を見ると使節の3人が机に伏していた。賜学の装備を纏っている僕は、それを停止させられるにとどまったらしい。体が重いのは、そのせいか。


「フォトガルムさん、なぜこんなことを……?」


「それは、君たちが邪魔だからです。賜術の国の不治の病を治療? そのようなこと、するはずがないでしょう」


 うすら笑いを浮かべながら、そう言う。


「君には、私たちの計画をお教えしましょう。ただダルタに従順なあなたは、きっと利用されてくれますからね」


 ……なにを言っているのかわからないが、動けない。いまはおとなしく聞くしかない。


「……そうですね、五権者会議の時のことから話すべきでしょう」


 そう前置きをすると、フォトガルムは語り出した。

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