第42話「計画」

 フォトガルムは動けない僕に対して、五権者会議の時のことを僕に話し出した。


「五権者会議の緊急招集をかけたのは、もちろんダルタです。君たちの持ち込んだ不治の病についての問題を協議するためですね。権者と君、そして賜術の国から来た2人を呼び、会議を開催しました」


「しかし、覚えていますね? 君たちが会議に参加したのは、会議が始まってから暫くしてからのこと。それまでの間に、概ね会議の結論は決定されていました」


 それは覚えている。僕たちが入室してからは、事実を軽く確認してそのまますぐに裁定が行われた。


「君たちが会議に参加する前に決定されたことを、教えましょう」



 *



 あのとき会議にいたのは、政事権者の私と従者のイレトレン。軍事権者のモンク―スダークとその従者のトワ。人事権者のエジリニアとその従者のティアレス。研究権従者のメゾメルとその従者のトソウ。そして、密事権者のダルタの合わせて9人です。その中でダルタは話し出しました。


「緊急で会議を招集してしまって申し訳ない。しかし、それだけ急を要する内容だ。……うちの従者のマディエスが、賜術の民と接触をした」


 その段階では賜術を知らない従者たちは状況を理解しておらず、状況を理解した権者たちも黙ったまま続きを促しました。


「いま部屋の外で待機している2人が、その賜術の民だ。彼らは山外のどこかにある洞窟から入ってきたようだ。それも調べる必要がある」


「彼らは、賜術の国の不治の病の治療法を求めてこの集落に来たらしい。おそらく賜術の国にも、賜学の情報が残っていたのだろう」


「そうか。それでダルタ、君はどうするべきだと考えている?」


「……あの計画のために、いまの状況を利用するべきかと」


「具体的には?」


「マディエスと彼らは、すぐにでも賜学者を向こうへ派遣し、不治の病の研究を進めたがっている。しかし、賜術側も簡単にこちらを容認することはないと思われる」


「そこで、賜術側にも研究の認可を得るためという建前で、戦闘員を派遣する」


「……ふむ。それに何の意味がある?」


「事前に向こうの戦闘能力を測ることができるかもしれない。そして、賜術の原動力を採取することができるだろう」


 私からすると、賜術の戦闘力など測る意味は無いと思えました。しかし、原動力を採取するというのは、私も望んでいることではありました。例の双子程度のものでは、何の研究もできないですから。


 そこで任務に同行すると名乗りを上げたのがトソウです。彼は君たちに同行し、賜術の戦闘員の原動力を採取すると。しかし、彼1人では心許ない。そう思いましたが、今度はトワ君も同行を名乗り出ました。


 軍事権従者の彼なら、戦力としても申し分ないと思えました。モンク―スダークも、賜術の国を倒すことに繋がると考えたからか、反対することはありませんでした。


 確かこの辺りで、状況を理解しきれていないであろう従者たちのために、賜術というものについて説明をしましたね。


「……マディエスはそのことを知らないんですよね」


「……ああ、本当に賜術の国のために協力するつもりらしい」


 トワ君は、君がなにも知らないという状況に納得はしていないようでした。


 しかしトワ君にもトソウにも、賜術の詳細と賜術の国に行く本当の目的は君には隠してもらいました。作戦に支障が出ることは避けたかったので。


 ……そうして君たちに隠すべきことを取り決めた後、ようやく君たちを会議室に招き入れました。それ以降は君の知っている通りです。話す必要は無いでしょう。



 *



「……」


 フォトガルムの話を聞いた僕は何も言えなかった。初めから不治の病の研究をするつもりなど無かったなんて。トソウさんもトワもそれを知っていたなんて。そしてそれを主導したのが、ダルタさんだなんて。


「私たちは明日、ある計画を実行します。作戦の目的は、賜術の国勢力の殲滅です」


(……! ……殲滅?)


 それを聞いて、僕は少し落ち着きを取り戻した。なぜなら、集落きっての実力者であるトワでも、ネクウィローンさん1人に手も足も出なかったのだ。


 この集落がいくら作戦を立てたところで、賜術の国とでは規模が違いすぎる。殲滅するどころか、逆に殲滅されかねない。


「無理だと考えていますね? しかし残念ですが、可能です。そのためにトソウに任務の同行を許可したのですから」


(……? 話が見えてこない。戦力を測り、勝てると考えたのか? しかし、賜術の国を実際に見た僕から言わせれば、確実に不可能だ)


「賜術の国の殲滅作戦……。それは50年以上前から計画されていることです。そして計画の責任は代々、密事権者が負っています」


(! それはつまり……)


「ダルタは、初めから賜術の国の殲滅計画を実行するために動いていました」


 やはり、そうなるのか。……たしかに振り返ってみると、ジェアルたちに会ってからのダルタさんは、どこかおかしかった。ずっと僕たちに、うまくいくとは思えないという姿勢で協力していたように思える。


 それは最初から、不治の病の研究という目標が達成されないとわかっていたから。最終的には賜術の国を殲滅するつもりでいたから。僕とジェアルたちは、そのために利用されていただけなのか?


「さぁ、どうしますかマディエス君。君はダルタの従順な部下でした。今回もおとなしく、ダルタの計画に従ってはどうでしょうか?」


 フォトガルムは嫌な笑みを浮かべながら問いかけてくる。


 ……しかし、僕は忘れていない。先ほどフォトガルムは、現在ダルタさんの居場所がわからないと言っていた。50年以上も前から計画してきた作戦の前日に行方を眩ませるなんて、僕にはその目的は1つしか思いつかなかった。


「……前にダルタさんとトソウさんの会話を聞きました。『鍵を握っているのはダルタさん』だと。そのときは意味がわかりませんでしたが、いまわかりました」


「現在、ダルタさんの居場所はわからないんですよね? ……ダルタさんは、その計画を実行させないために行方を眩ませたのではないですか? ダルタさんがどういう風にその計画を実行するはずだったのかはわかりませんが、現状、賜術の国を殲滅するという計画は、実行できない」


「……」


 フォトガルムはなにも言わない。


「そうであれば、僕はあなたには従いません。ダルタさんが行方を眩ませていて、その計画とやらも実行できない以上、賜学の集落は、賜術の国には絶対に勝てません」


 そう言うと、フォトガルムは明らかに怒りの表情を向けてきた。どうやらこの人は、賜術の国のヴァイガットが賜学を恨んでいるように、賜術に恨みを抱えているようだ。


「……そうですか。でしたら、迂闊でしたね。従ってもらえないのであれば、君を餌にダルタには出てきてもらうことになります」


 そう言うと後ろの2人に手で指示を出す。先ほどの僕の賜学を封じた道具で、使節の3人同様僕も気絶させるつもりだろう。しかし、いまの僕には賜学が封じられても賜術がある。政事の関係者から逃げることくらいは可能だ。


(――!)


 賜術を使おうと両手に意識を向けた。しかし、賜術が使えない。――なぜ?


 これでは、逃げることができない。動揺する僕の首に再び賜学を停止させる道具が当てがわれ、バチン、という音と共に、僕の意識は消失した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る