第43話「後悔」

 薄暗い地下室の中、1人でただ座り続けている。あと1日見つかることがなければ、もう隠れる必要はなくなる。暫くは。


 ……いや、一度見つかれば殺されて終わりか。とりあえずあと1日凌いで、それからのことも考えなければならない。


 不意に、コツコツと音が聞こえ始めた。誰かが地下室への階段を下りてきたようだ。俺は相手からは見えにくく、こちらから地下室の入口が見える位置で、脱出できるように身構えた。しかし、入ってきた人物を見て、俺は気を緩めた。


「ダルタ、どこだ」


 トソウだった。こいつならば見つかっても問題はない。


「……ここだ」


 俺は物陰から出て、トソウに近づいて行った。


「やはりここにいたか。許可は取ったのか?」


「取ったわけないだろう。巻き込むわけにはいかない。……にしてもまさか同行して行ってしまうとは思わなかった」


 俺が潜伏しているここは、王家の金庫だ。過去に密事権者が占領した際の記録があるため、俺はここの仕組みを知ることができた。


「まだ出発してから1週間ほどしか経っていないが、なぜここにいる?」


「俺は初日に任務を終えて戻った。マディエスたちも先ほど任務を終えて帰還した。無事、賜術の国で不治の病の研究をする認可を得たようだ」


「! もう達成したのか。何週間、何か月とかかるかと思ったからバッテリーを持って行かせたが、取り越し苦労だったか」


 しかし、これでマディエスは知ることになる。不治の病の研究などされないことを。せめて、全てが終わってから受け入れてほしいところだった。


「それで、どうしてお前は俺のところに来たんだ? なにか動きがあったのか?」


 わざわざ居場所の割れるリスクを承知で来たのだ。なにかあったのは間違いない。


「そうだ。帰還したマディエスはフォトガルムに反発して囚われたようだ。場所は政事区画内の議事堂横の収容施設。俺の能力でも集落内は完全に把握はできないが、おそらく間違いないだろう」


「……やはり、反発してしまったか……」


「最初に賜術の連中のために動こうと決めた時点で、こうなる可能性があるのはわかっていただろう」


 わかってはいた。しかし、いままでのマディエスを見る限り、フォトガルムに丸め込まれるかとも思っていたのだが。


「だが、なぜそれを俺に伝える。俺はここから出て見つかるわけにはいかない。マディエスのためにも、賜術の殲滅などもうできない。


「俺の力は賜学には作用しない。俺では侵入もできないし戦っても勝てない。侵入はお前の得意分野だろう。だからお前が行くしかない」


 トソウは捲し立ててくる。確かに、居場所がわかっているのなら侵入はできるだろう。しかし、逆に俺も見つかる可能性が高い。俺が見つかれば、賜術の殲滅は不可能ではなくなる。


 俺が思案に耽っていると、トソウは言葉を続けた。


「安心しろ。協力者は既に得ている。お前はマディエスを助け出して、そして死んでこい。そうしなければマディエスが殺される」


「そのあとは任せろ。賜術の連中は誰も殺させない」


 ……やはり、マディエスを助けに行けば俺は殺されるのは間違いないだろう。しかし、俺はあの子のために、死ななければならないだろう。俺はそうして償わなければならない。


「その協力者とやらは、信用できるのか?」


「信用できる。覚えているか。13年前、俺がここに来た時にいた連れを」


「……忘れるわけないだろう。まさか、あいつなのか?」


「あいつではない。あれの同種だ」


 なら信用できるのか甚だ不安だ。しかし、協力してくれるのならば、俺が死にに行くだけの価値がある。


「…………わかった。俺が行こう」


 俺は地下室の出口に向かって歩いていく。


「ああ、先に死んで方々に土下座でもしておけ。どうせ俺もすぐに逝くことになる」


「……はっ、元はと言えばお前の気まぐれの所為だ。お前も付き合えよ」


 そんな軽口を叩きながら、俺は地下室を後にした。



 *



「……ん……」


「…………!」


 僕は目を覚ました。最近気絶させられることがあまりにも多いため、すぐに意識は覚醒した。


 ここは牢屋の中か。フォトガルムらに気絶させられた後、ここに連れて来られたのだろう。しかし同じ牢内に賜術の国の使節たちはいなかった。


 僕は立ち上がる。体は重くなかった。賜学の装備は回復したようだ。しかし、流石に牢屋は壊せない。


 いま思うと、フォトガルムの質問攻めも、僕がここから脱出することが可能かどうか確かめるためのものだったのだろう。


 実際、全方向賜学製の牢屋のここは、賜術でもどうにもできそうにない。黒い光なら可能性はあるかもしれないが、この狭さで壁に対して使うのは躊躇われる。


 牢屋は四方とも壁に囲まれていた。一面だけ窓があり、そこから通路を覗き見ることができた。窓は狭く、覗いてみても通路の先はほとんど見えなかった。


(――ん?)


 遠くから、足音が聞こえる。誰かいるみたいだ。やはり定期的に巡回しているのだろう。


 暫く待ってみると、足音は次第にこちらに近づいてきているように聞こえる。ただし妙に不規則な経路に足音だった。


 怪我でもしているのか? ……いや、忍び込んでいるのか?


 試しに僕は、少し壁を叩いてみる。既に囚われている僕が音を出したってなんの問題も無いと考えた。


 すると、足音は一直線にこちらにやってきた。そして、窓の外からこちらを覗きこんでくる。


「! マディエス、ここにいたか」


「え、ダルタさん!?」


 状況からして、助けに来たのはすぐにわかった。しかし、隠れていたはずではなかったのか?


 ダルタさんは外から何か操作しているようだ。この牢屋を解放しようとしているのだろう。


「なんでここに……? 隠れていると思っていたけど……」


「トソウが君が囚われていると伝えに来たんだ。あいつがここに忍び込めない以上、俺が来るしかなかった」


 わざわざ、僕を助けるために? しかし、それでダルタさんが見つかってしまったら、元も子もない。


 ガシャンと音がして、扉が開いた。


「よし、マディエス。逃げるんだ」


「ダルタさんは?」


「君を逃がすのが最優先だ。……この施設は基本一本道だ。一度気づかれれば警備員との戦闘は絶対に避けられない」


「な、なら一緒に戦えば――」


「そんなことをしていては政事区画から出れない。急いで出口に向かうぞ」


 そう言ってダルタさんは忍び足で進み出した。仕方なく僕もそれに続く。


「……ここを出たら、一度家に戻って俺の部屋に行け。君の両親について、紙に書き記しておいた。……いままで隠していてすまなかった」


 そんなことはどうだっていい。それを知ることも目的の1つだったはずなのに、なぜかそんな風に思った。


 大きな扉が見えた。施設の広い空間に繋がっているのだろう。見つからないでやり過ごすのは至難の業だ。ダルタさんはどうやって入って来たのか。


 と、その時扉が勢いよく開かれ、大勢の警備員が入って来た。警報が鳴り響き出した。


「! 気づかれたか。マディエス、急いで政治区画を出るんだ!」


 ダルタさんは急に大声で言う。それにより位置を知られて警備員はこちらに集まって来る。


「え、で、でも――」


「早く! そう長くは持たない!」


 ダルタさんは剣と銃を展開した。思えばダルタさんが対人戦闘をしているところを見たことがなかった。


「い、いや! 一緒に、逃げて!」


 警備員は叫ぶ僕の方には目も向けず、ダルタさんに向かっていく。僕は最初からダルタさんを呼び寄せるための餌でしかない。


「! …………俺は、君と一緒にはいられない……。君の本当の親に、会いに行きなさい!」


「最後の命令だ、マディエス! 本当のことを知って、本当の自分を知って、辛いことも受け入れて、そして、自分のしたいことをするんだ!」


 剣戟の音と銃声、血と火薬の臭い。その中心にいるのがダルタさん。僕にはいま、剣がない。賜術でもこの人数相手では押し負ける。


 ……僕では、どうにもできない。


「……あ、ぁあ……!」


 ダルタさんに背を向けて逃げ出す。すぐに広い空間に出て、振り返る。暗い通路はよく見えない。ダルタさんはもう見えない。出口に向かって走る。涙で視界は悪い。しかし、僕を追う連中は大した数もおらず、そして僕より遅い。



「……くっ……!」



「はぁっ、はぁっ……!」



 誰もいない未明の集落を走り抜ける。高地価居住地を抜け、商店街を抜け、居住地を抜け、この時間ではまず人に見つかることもない密事地区にまで来た。もうとっくに追っ手なんていない。


 僕は走るのを止めた。後ろを振り返る。気持ち悪い。吐きそうだ。


 なぜ逃げてしまった? 戦えば勝てたのでは? そう思うたびに吐き気が増す。僕はきっと間違えた。戦えば勝てた。


 ……いや、それはない。あの状況では勝てなかった。


 なら、フォトガルムに従っておけばよかった。……いや、それもダメだ。賜術の殲滅に従事することになる。ジェアルたちを裏切ることになる。


 なら、なら。いつから間違えていたのだろうか? 過去を思い起こしてみる。



(…………)



(――!)



 ふと、思い出した。僕が忘れていた記憶。僕が最初に間違えた時のこと。最初に後悔した時のことを。



 *



 僕は秘密が多い癖に、人と話すのが好きだった。友達と会話をする。友達の話を聞くことと、友達に話をすること。そうして会話をすることで、話題は消化され移り変わっていく。


 次第に、話題は限られてくる。話すことがなくなってしまう。そうなると、話してはならないことを話したくなってしまう。


 そうして、僕は話してしまった。見せてしまった。賜術や、髪なんかを。


 それを見た友達は、好奇の目を僕に向けてくる。それはとても楽しいことだった。しかし、それは過ちだった。


 いつの間にか、僕と親しかった友達はいなくなっていった。そんな異変にも僕は気づかなかった。いや、気付いてもなお、話すのが好きだった僕には止められなかった。


 そしてある日、友達の元を訪れた際に、見てしまった。


 ようやく知った。友達がいなくなっていった理由を。ダルタさんが、僕をどれだけ過剰に守ろうとしていたのかを。


 一家諸共だった。誰が見ても忘れてしまいたくなるような光景。ダルタさんは、僕の秘密を守るために、僕が自ら漏らした秘密の痕跡を消し去っていった。


 全ては僕の間違いのせい。僕のくだらない会話のために、友達は殺され、ダルタさんは殺しを重ねた。


 後悔した。全て忘れてしまいたかった。なんて無責任で、なんて弱いのか。


 間違いなく全て僕の責任なのに、それなのにどうしてか、僕は誰かに助けられてしまった。僕の頭の中の誰かは、僕が間違った記憶も、後悔した記憶も、忘れてしまいたかった記憶も、全て忘れさせてくれた。


 ――そうして、ダルタさんに従順なだけの僕は生まれた。話すことはない。友達もいない。全ての間違いはそこから始まったから。


 それなのに、僕はジェアルとオリクレアに話してしまった。再び友達を得てしまった。


 その結果が、これだ。


 一番失いたくなかった人を、失うことになった。


 頭の中の誰かの言う通りになった。弱い僕の心は、昔の記憶にも、いまのこの結末にも耐えられない。


「――っ! ダルタ、さん……!」


 僕はその場に倒れこみ、泣き声を上げる。


「……うっ、く……」


 土が涙で濡れ、顔に張り付くが、僕は気にも留めず泣き続けた。

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