第46話「始まり」

 山に沿って走り続けていると、前に入った洞窟が見えてきた。しかし、今回の目的地はここではない。俺たちはその洞窟の横を走り抜ける。


 さらに進むと、再び洞窟が見えてきた。その洞窟の入口は、フラメリアル側にある俺たちが集落に入るときに通っていた洞窟と似ているような気がした。


 洞窟の前にたどり着き、俺たちは走るのを止めた。マディエスはライトを取り出し、歩いて洞窟の中に向かった。俺とオリクレアもそれに続く。


 洞窟の中は、特段珍しい景色というわけではなかった。普通の岩肌だ。しかし、フラメリアル側の洞窟内に似ているように思えた。……同じ山にある洞窟だから当然といえば当然なのだろうが。


 洞窟は結構奥まで続いているようだった。もう入口の光はとっくに見えない。しかし今のところなにかがあるわけでもなかった。


 だが、洞窟の中になにかあるとすればそれは洞窟の最奥だと、相場は決まっている。2人はそんなことを考えているかはわからないが、俺たちはどんどん奥へ歩いていった。


 そしてやがて、ライトの光の先に壁が見えてきた。どうやら、洞窟の行き止まりまで来たようだ。


 洞窟の行き止まりまで間近に近づいて、気付いた。この壁は、洞窟の他の岩肌とは異なっている。マディエスのライトでは分かりにくいため、俺は賜術を使い炎を起こし、洞窟内を明るく照らした。


 行き止まりの壁は、黒く、そしてやや透明感があった。これは、フラメリアル側の洞窟の行き止まりと同じだ。やはり本来は先ほど通り過ぎた洞窟ではなく、こことフラメリアル側の洞窟が繋がっていたのだろう。しかし、この黒い結晶により分断されてしまった。


 この結晶は一体何なのだろう。結晶の壁と岩肌の接合部を見てみるが、少しの隙間もなく埋められている。……いや、埋められたのではなく、洞窟を掘り進めた結果、この結晶に行き当たったのか? フラメリアル側の洞窟も、この洞窟と同じくらい深い。山の中はこの結晶で満ちており、通過できないから洞窟の奥へ来ると意識を失い移動するという仕掛けが作られた……?


「――っ!」


 俺が思案に耽っていると、突然オリクレアが小さく息を呑むのが聞こえた。


「どうした、オリクレア?」


 オリクレアを見やると、なにやら黒い結晶の壁を見つめていた。いや、見ているのは結晶ではなく、黒く半透明なこの結晶の奥だ。俺も目を凝らして見てみる。すると――。


「……!」


 黒い結晶の中、半透明で暗いからわかりにくいが、結晶の中にあるものが見えた。……なるほど、そうなると、洞窟を掘り進めた結果この結晶に行き当たったわけではないようだ。洞窟はフラメリアル側の洞窟と繋がっていたが、それがなにかしらの方法でこの黒い結晶により埋められた。山の中全体が結晶で埋まっているのかどうかは、横を掘ってみればわかるが、いまはいい。


「おい、マディエス。……ん?」


 名前を呼んで周囲を見る。マディエスは、洞窟の岩肌に手を当てていた。


「……? どうしたの?」


 オリクレアも声をかけた。


「……この壁の奥、小さい賜学製のなにかがある」


 例のマディエスの特技でわかったのだろうか。五感以外の感覚のようだが、やはり賜学による機能なのだろうか。


 マディエスは短剣を展開すると、柄で岩肌を砕き掘っていく。


 あまり深いところに埋められていたわけではなかったようで、すぐに何かが見つかった。周囲の岩も砕き、小さなそれを掘った穴から引っ張り出した。それは、掌ほどの大きさの金属製の板だった。


「……なんだこれ?」


 賜学製の何かだというのはさっき聞いたが、なにができるものなのか俺にはさっぱりわからない。


「これは、本みたいなもの。再生すると、記録された内容が浮かび上がる」


「使えるの?」


「うん、多分」


 そう言うとマディエスはなにやら板をいじくりだした。カチャカチャと音を立てて細部を動かしているが、やはりさっぱりわからない。しかし、その作業はすぐに終わった。


「! 動いた!」


 マディエスの声に手元を見やる。たしかに板は光を発し、表面に文字が見えた。


『始まり』


 そんなことが書いてあった。次第に文字は消えていき、新たに文章が浮かんでくる。これは俺たちが見てもいいのだろうか? マディエスに向けられたメッセージであるなら、勝手に見るべきではないだろう。


「私たちも見ていいの?」


「……うん、いいよ」


 いいのか。マディエスがいいというのであれば、見せてもらおう。ダルタさんがなにを見せるためにここに呼んだのか、気になる。


 俺は横からマディエスの手元をのぞき込む。


『俺の罪と、俺の知ることをここに残しておく――』


 文字は次々に浮かび上がり、そして入れ替わっていく。俺たちは黙ってそれを読んでいった。

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