第45話「手紙」

 賜学製の建築物内の通路を男は歩いていく。向かう先は、大きな閉ざされた扉。扉の前まで来ると、扉は素早く開いた。


 扉の向こうでは、数名の女性が壁際で各々画面と向き合って何か機械を操作している。そして、部屋の中央の台の横にも1人の女性。その人物は研究権者のメゾメルだ。


 ここは、集落の西に位置する研究権の区画の拠点である研究所。この部屋は、賜学の製品を解析するための部屋だ。


「解析は終わったか?」


 部屋に入るなり男――フォトガルムはメゾメルに声をかける。


「もう少しかかりそうだね~。賜学研究は私たちの分野だけど、情報の隠匿は彼の分野だったからねぇ」


 メゾメルは部屋中央の台に寝かされた、ピクリとも動かない男を見ながら言った。


「そうか、急いでくれ。……まさか連中が賜術の国で認可を得て、しかもたった数日で帰還するとは思わなかった。トソウのおかげで個々の賜術士を無力化する装置は完成したが、それでも不治の病の研究を取り決めてしまった以上、賜術の国もいつまでもこちらの音沙汰が無ければ動き出すだろう」


「今日を逃せばしばらく機会は訪れない。間に合わなければ賜術の国に先手を取られることになる」


「わかってるよ~。もう少しって言ったでしょ? 本当にぃ、あとちょっとだから」


「そうか。それなら、私はモンク―スダークに連絡をとる。ついに数百年に渡る雪辱を果たす時が来たのだ。……侵攻の準備を開始する」


 そう言うとフォトガルムは部屋を出て行った。


「……やれやれぇ」


 メゾメルはため息を吐きながら言う。


「……ねぇ、本当に賜術の人たちを殲滅なんてできると思う?」


 メゾメルは部屋の壁際で機械を操作する研究員に話しかける。すると1人の研究員が画面から目を離し振り返った。


「殲滅は無理なんじゃないですかね。少なくとも私の兄とその友人は、私の部屋にあった人の腕を見ただけで慄いてましたよ」


「なんで部屋に腕があるのぉ……?」


「研究です。怪しいことじゃありません」


 それだけ言うと研究員は再び作業に戻った。メゾメルは苦笑しながら視線を台の上に向ける。


「……はぁ。……どうしてあなたたち密事権者はあの計画――『黒星計画』に拘ってしまうの……? あなたは、最後の最後に拒んだけれど……」


 メゾメルは台の上の死体に語り掛ける。もちろん答えはない。


「私は私の仕事を全うするしかないけど……。……皆殺しだなんて、軍事の子たちは本当にできるのかなぁ……」


 ため息を漏らしながら、メゾメルは作業に戻った。



 *



 しばらくマディエスはオリクレアの胸に頭を埋めて泣き続けた。思えばこの子は14歳。20歳の俺たちからすれば子供でしかない。


 それなのに俺は、マディエスがなにか隠していると思い、詰め寄ってしまった。実際隠していることはあったみたいだが、それは俺たちにとってではなくマディエスにとって重大なことのようだった。


 オリクレアにも視線で咎められた。普段は無口だが、友達のためにこんなことをする奴だとは思わなかった。やはり昨日のことが大きいのだろうか。


 泣き疲れたのか、そのまま眠ってしまいそうだったマディエスをオリクレアが起こし、改めて尋ねた。


「マディエス、なにがあったのか教えてくれる?」


「……」


 視線を逸らして黙ってしまった。しかし、少ししてから口を開いた。


「……ごめん、僕も失敗したんだ。というか、最初から騙されてたみたい……」


(騙される? 誰に、なにを?)


「集落に、不治の病を研究するつもりなんか最初からなかったんだ」


「……! どういうことだ?」


「……」


 俺はすぐに聞き返した。しかし、マディエスは答えてくれない。


「最初っていうのはいつのこと? 誰に騙されたの?」


 オリクレアが丁寧に聞くと、マディエスは躊躇いながらも話し出した。俺は嫌われたのかもしれない。


「……五権者会議の時、最初僕たちは外で待たされたでしょ? そのとき、権者たちは僕たちを騙す作戦を立てたみたい。僕たちを賜術の国に行かせたのは、戦力調査と賜術士の原動力を採取するためだって」


(戦力調査? なんのために? ……賜術の国と戦争するためだろうか。しかしそれなら、戦争なんかしても勝ち目はないってわかったんじゃないか……?)


「権者たちには、賜術の国に勝つための計画があるみたいなんだ。具体的にそれがなにかはわからないけど……。……それが、その……」


 マディエスは口籠った。しかし、俺が問いたださないほうがいいのは理解した。いまはオリクレアに任せよう。


「……集落は今日その計画を実行して、賜術の国を……殲滅するつもりらしい」


(今日!? そんな急に!? ……いや、だからこそマディエスは隠そうとしたのか。俺たちに嫌われると思ったんだろう。せっかくおじさんたちを助けられると思って苦労したのに、その結果が戦争では、状況は悪化しただけだ)


「……それで、その計画の責任者がダルタさんだったんだ……。で、でも、計画を実行させないように隠れてたのに、僕が捕まったせいで、ダルタさんは僕を助けに来て……」


 少しの沈黙。


「……殺された」


「…………」


 いま俺はなにも言うべきではない。知らなかったとはいえ、殺された大切な人の居場所を詰問した人間に、言葉をかける資格なんかないだろう。


「……マディエス、話してくれてありがとう」


「……マディエス。それであなたはこれからどうするの? あなたはこれから、なにをしたいの? 辛いことを話してくれたんだから、もう進めるでしょう?」


「……! ……僕のしたいこと……」


 マディエスは目を見開くと、少し考えこむように俯いた。しかしやがて顔を上げ、言う。


「ダルタさんの最後の命令……ダルタさんの置き手紙を読む」


 マディエスは立ち上がり、先ほど出てきた部屋に向かった。あそこはダルタさんの部屋。そこに手紙があるのだろう。俺たちもマディエスに続いてダルタさんの部屋に入った。


 綺麗な部屋だ。死んだ大切な人の部屋がこれでは、たしかに気が滅入る。ずっと使われていないかのようだった。


 マディエスは部屋の壁際の机に向かい、その上にあった紙を手に取り、広げた。


「……」


 それをマディエスは黙って読み耽り、しばらくしてから呟いた。


「洞窟……?」


 ……洞窟? なにが書いてあったのだろうか。気になるが、マディエス宛の置き手紙だ。内容を聞くのは憚られた。


 マディエスはそのまま少し動きを止めた後、やがて振り返った。


「僕は向かう場所ができた。……オリクレアたちはこれから、どうするの?」


 マディエスはオリクレアに聞く。俺とは話したくないようだ。


「……洞窟に行くの?」


 オリクレアも先ほどのマディエスの呟きを聞いていたようで、そう聞き返した。


「うん……。賜術の国に行くために入ったあの洞窟以外にも、洞窟があるみたいなんだ。そこに行くように書いてあった」


(あそこ以外の洞窟……。……! そういえば……)


 俺はオリクレアの方を見た。


「それなら、私たちも付いて行ってもいい? もしかしたらその洞窟の場所、わかるかもしれない」


 オリクレアも同じことを考えたようだ。今日は集落に来るとき、フラメリアル側の洞窟の横から山肌を登って山を越えてきた。そして山を集落側に下りて振り返ってみると、山の麓に洞窟らしきものが見えた。


「手紙には洞窟は、いつもの洞窟を越えてさらに進んだ位置にあるって書いてあったんだけど……」


 それなら、あそこで間違いないだろう。


「私たちが案内するよ。兄さん、それでいいでしょ?」


「ああ、どうせサンディアルが戦争の準備をしてる。集落が攻撃を仕掛けてもサンディアルが迎え撃ってくれるだろう」


「……」


 マディエスはやはりなにも言わない。先ほどの詰問で相当傷つけてしまったようだ。今度ちゃんと謝った方がよさそうだな。


「それじゃ、兄さん、マディエス。行こ!」


 そう言うとオリクレアは部屋を出て行った。俺もそれに続き、マディエスも少し名残惜しそうに部屋を後にした。

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