第15話「アルンエッタ:外殻」
日が昇って明るくなるよりも早く、僕とジェアル、オリクレアは家の前に出た。
これから自分の知らない場所に出発すると思うと、任務なのになんだか気持ちが浮かれてしまいそうになる。いけない。何があるかわからないのだから、冷静でいなければ。集中しなければ、僕は本領を発揮できないし。
外に出てしばらくすると、初めにトワが到着した。
「遅くなってごめんね! でも、まだ揃ってないのか。なら、少しくらい喋ってても問題ないね!」
そういうとトワはまずジェアルたちの方を向いた。
「ジェアルソール君と、オリクレアちゃん、だね! 僕はトワ。よろしく!」
「ああ、よろしく。任務について来てくれてありがとう。人は多い方が心強いからな」
「……よろしく」
ジェアルが挨拶を返し、オリクレアもそれに続いて挨拶をした。
「あ、僕とマディエスは同期なんだ。だから僕も14歳で、2人より年下なんだよね……。いやー、なんか変な感じだなぁ」
今回は事前に2人の年齢のことは伝えてある。それでも年上を君、ちゃんで呼ぶとは、天性の気質なのだろうか……。僕にはできない。せめていまのような対等な関係が限界だ。
「別に気にしないでいい。でも、君はやめてくれ。……ここの連中はやたらと年齢関係を気にするな」
「そっか。なら、ジェアルと、オリクレアちゃんだね! よろしく!」
「え……」
トワはそれで通すことを決めたらしい。なるほど。自己主張せずに流されていると、いまのオリクレアのようになるのか。ちゃんと自己主張をするようにしよう。
「そういえばトワ。どうして君が同行することになったの? いざというときのために、軍事権従者が必要だと判断されたとか?」
「あ……。えーと、まぁ、そんなところかな? あと、個人的に気にな――」
「悪いな、遅かったか?」
トワと話していると、ちょうどトソウさんがやって来た。
「あ、トソウさん。いいえ、まだザレンドさんも来てないですし、大丈夫ですよ。トワ、それで、何か言いかけてなかった?」
「……いいや、何でもない! マディエスの言う通り、軍事権従者として遣わされたんだ」
なにか言いかけていた気がするが、本人が何もないというのだから、言及しないでおくか。
さて、あとはザレンドさんだけだが、どうしたのだろう。集合時間まではまだ少しあるけど、やはり3日前にいきなり同行することになったから、準備に時間を要しているのだろうか。
ただ雑談して待っていてももったいないので、僕たちは荷物のまとめを始めた。
野宿用品は賜学製なのでコンパクトに収納できるが、食料はそうもいかないため、1か月分ほどでそれなりの荷物量になっている。
しかしそうはいっても、荷物をしまうボックスは寝台を3つ重ねたほどの大きさだし、自動で走行してくれるため運ぶ手間はない。個人の荷物もボックスにまとめて、僕たちは皆、手ぶらで活動できるように準備を進めた。
*
僕たちが荷物の整理を始めて少し経ったころ、ザレンドさんもやって来た。
「すまない、遅くなった! 集合時間より少し遅れたか? いやぁ、役に立ちそうなものがないかいろいろ物色してたんだが、大きすぎて結局ほとんど持って来れなかったな」
そういうザレンドさんは、背中に何やら袋を負ぶっている。そして、その袋を下ろして中から何かを取り出した。
「これは王家の金庫にあった兵器の1つでな。古代に作られた兵器らしい」
「えっ! そんなもの勝手に持ち出していいんですか!? なんか骨董としての価値とかありそうです!」
トワが驚いて声を上げた。確かに賜学にはここ200年ほどの歴史資料しかない。古代がどれだけ昔か知らないが、集落の歴史的に見てもとても重要な物品なのでは……?
「王家の財産なんだから、唯一の王家である俺が自由にしていいだろ? それに、骨董じゃない。現役の武器だ」
そう言ってザレンドさんが構えたものは、剣だった。生身では持ち上がらなそうな大きさの大剣と、小ぶりな剣が柄頭からのびる管で繋がった形状をしている。しかし、それだけで特に変わった趣向のある武器には見えなかった。
「……なんか、あまりにも大きさが違いすぎて間合いを活かした戦い方もできなそうですし、2つの剣が繋がっているせいで動きが制限されて使いにくそうですね」
トワは、もしかしたらすごい価値があるかもしれない武器に容赦なくダメ出しをしている。
「そういうお前だって量産型の基本剣しか使ってないだろ?」
トワのダメ出しに対して、ザレンドさんも言い返した。
「まぁ、そうですけど。余計な機能なんてない方が使いやすいんですよ!」
トワは軍事付属学校の優等生であり軍事権者の側近ともいえる活躍をしているのに、武器の性能には拘らない。逆に言えば、武器の性能が周りより劣っていても、最も優秀でいられる彼自身がとても優秀なのだ。
ちなみに僕は密事の任務に使う、剣や銃、短剣なんかを装備に仕込んでいる。
「まぁ、役に立つと思ったから持ってきたんだ。ちゃんと活用させてもらうさ」
「あと、もう1つ」
ザレンドさんはまだ何か持ってきたようで、袋から何やら取り出している。
「ほら、マディエス。お前にこれをやるよ。念には念を、だな」
そう言ってザレンドさんは袋から取り出した黒いものを地面に並べている。
……これは、鎧?
「そう。これも金庫にあった王家の財産の1つだ。太初の再現不可能な材質で作られた鎧とかで、どうやっても傷1つ付けられたことがないらしい。賜術の装備は頑丈だが、更に丈夫なこれがあればより安全だろ?」
「……確かに、それほど頑丈ならあって損はないですけど……。そんな価値のありそうなもの、正直身に余るというか……まず、なぜ僕にだけなんですか?」
「見ての通りこの鎧、サイズが小さいんだ。俺やトソウさん、トワでもぎりぎり着けられないだろ。お前ならサイズ合いそうだし、それだったら使った方がいいと思ってな」
「そういうことですか……。なら、一応お借りします。これ、どうやって身に着けるんですか?」
「内側は賜学の機構になってるから、いま着てる装備の上から着けられるはずだ」
左腕らしき部位を拾って内側を見てみる。確かに賜学の機構だ。試しに左腕を通して見ると、装着中の装備にかみ合った。
装着してみると、全身ほぼ真っ黒になってしまうが確かに防御力は高そうだ。しかし、王家の財産と言われるとなんとも価値がありそうで心地が悪い。かといって良かれと思って供してくれたのだし、無下にはできない。
「ありがとうございます。任務が終わったらちゃんと返します」
「おう、そうしてくれ」
ザレンドさんはそう言って笑った。
「悪いな、遅くなってしまった。これを持っていけ」
後ろからふと声をかけられた。
「あ、ダルタさん。てっきり任務でもあるのかと思いました」
「いいや、これを研究所から借りてきた」
そう言うダルタさんは、2メートル四方ほどの機械を手で示した。
「これは……バッテリー? なぜですか? 空間エネルギーからの補充で十分足りると思いますけど……」
「……念には念を、だ。向こうで補充できない可能性もある。一応持っていきなさい」
ザレンドさんと同じ言い回しでバッテリーを持って行けと言ってきた。まぁ、どうせバッテリーも自動追走機能があるから手荷物にはならないし、言うとおりにするか。
「わかりました。一応持っていきます」
ああ、とダルタさんはうなずいた。
「……よし、もうやり残したことはなさそうだな。そろそろフラメリアルに行こう」
ジェアルが言う。
そうだな。そろそろ日も昇るし、せっかく早く集まったんだから急ぐに越したことはない。洞窟に向かおう。ダルタさんに見送られながら、僕たちは洞窟に向かって歩き出した。
家から少し進み、洞窟が見えてきた。歩き始めてからここまで会話はほぼなし。そのまま洞窟に入ることになると思ったのだが、そこで誰かが声を発した。
「……本当にここの洞窟なのか」
トソウさんだ。そうか、彼もここの洞窟が外に繋がっていることは知らなかったのか。
「みたいですね。僕もここが外に繋がっているなんて知りませんでした。てっきり行き止まりかと思ってたんですが」
僕は軽く反応してから、洞窟に入っていった。……しかし。
「……おい、マディエス。本当に俺たちを見つけたのはここの洞窟なのか……? 山の外側には洞窟は1つしかなかったが……多分、俺たちが山の外側から入ったのはこの洞窟じゃない……。俺たちはもっと、結晶のできた洞窟を通ったと思う」
「……2人を見つけたのは、ここで間違いないよ。結晶……? 僕もここ以外に洞窟は知らないんだけど……」
そういえば、2人が山の外側から洞窟に入ってきて意識を失い、それを僕が発見したのが始まりだけど、そもそも意識を失っていた理由や、洞窟の位置のすり合わせはしていなかった……。
(どうする……? 外と繋がっている他の洞窟があるなら、それを探す……? それとも、洞窟を通らずに山を越えるか? いや、そもそもここの洞窟が外に繋がっていないなら、意識を失った2人はどうしてここに倒れていたんだ……?)
(……もしかして、誰かがここに運んで――)
この後どうするべきか思考を巡らせていると、僕はふっと唐突に、意識を失った。
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