第12話「マディエスの能力」

 自分の能力に気づいたのは、10歳のとき。別に何かきっかけとなる事件があったわけでもなく、軍事付属学校の5年次になり、軍事演習が行われるようになったため、自然と気づいた。


 初めは何となく気配を読めるだけだったけど、次第に人の所作や建物の構造、賜学しがくの兵器の扱い方も、集中することで細かく察知することができるようになった。


 僕はもともと他の人より賜学兵器を用いた演習の成績もトワの次くらいには良かったし、これも他の人とは違うものなのかもしれいとダルタさんに聞いてみたところ、やはり他の人にはそんな能力はないという。そうして僕の秘密はまた増えたのだ。


 しかし、いまは相手はジェアルだから、見せることを憚る必要もない。賜術も察知できるかは不安だったが、問題なさそうだ。再びジェアルが炎を発生させたのがわかる。


 今度は、最初から5つの炎がジェアルの前に浮かんでいる。そのうちの1つが僕めがけて突っ込んできた。


 さっきと同じように胸に向けて突っ込んできた炎を、直前まで引き付けてから、今度は横ではなく後ろに向かって跳ねて避ける。賜学の装備による脚力は、向かってくる炎よりも速く下がれる。


 そして、直でなければ炎に触れても大丈夫なのは先ほどわかったから、ちょうどいい間合いにある炎を蹴りで弾けさせた。


 もちろんこれで終わりではない。残り4つの炎も、今度は直線ではなくカーブしながら迫ってきていた。それを僕は、常にどういう軌道で迫ってきているかを察知しながら、躱していく。


 しかしこれ、どうしたら終わりなんだ?  僕が当たらければいいのはわかっているけど、このままジェアルが満足するまで4つの炎を避け続ければいいかな?


 ……いや、そうだ。既に1つは蹴りで消滅させたんだから、同じように残り4つの炎を消滅させれば、それが一段落だ。


 僕は右の手のひらを開く。すると、手首の賜学の機構から金属の剣が展開されていく。完全な剣に成ったそれをすぐに掴み、正面に飛来した炎を切り裂く。


 そして真っ二つになった炎は、そのまま空中で消失した。よし、残りの炎はあと3つ。それぞれ僕の頭上に浮かんでいる。


 3つの炎は僕の真上、左、右から飛んできた。それなら、前後に避けるか1つを斬ってその方向に避けるのがいいだろう。と、思ったのだが。


(……!? そう来るか!)


 視覚に頼っていないからわかった。3つの炎は、それぞれが更に5つずつに分かれようとしていた。接近すると同時に分離して立体的に囲い込む気だ。これじゃ斬っても避けられない。


 そして、もう1つ。ジェアルの作戦はわかった。だとしたらもう前後に避けても避けられない。


(……なら仕方ない)


 僕は今度は左の手のひらを開く。


 すると、右手首から剣が展開されたのと同様、左手首から金属が拡張していく。しかし左手に仕込んでいるのは剣ではなく、銃だ。


 僕はその銃で、左側から迫る炎が5つに拡散する前に弾を打ち込んだ。そして、素早く弾けた炎に向かって飛び込みすぐに振り返る。


 2つから10に分かれた炎が僕の視界の前に展開されている。しかし、本命はそれではないことが、僕にはわかっている。


 僕は10の炎と正面に対しながら、剣を右に、銃を左に構え。


 左右から飛来してくる、視覚では捉えられないなにかに向かって剣を振り、銃弾を撃ち込んだ。


 すると、ぼうっと音を立てて、一瞬だけ炎がゆらめき、消えた。


 ……さて。正面には10の炎。いい加減、きりがないな。流石にこれだけいなせばもういいだろう。


「ジェアル、もう終わりにしよう。きりがな――」


 僕が打ち止めを提案しようとしたその瞬間、背後から何かが迫ってきた。いや、なにかというか、蹴りが迫ってきた。危ない、ギリギリで察知できた。


 僕の臀部めがけて迫る蹴りを、ジャンプして躱し、誰だか目視で確認する。オリクレアだ。おかしいな。参加しないって言っていたはずなんだけど。


「……これも避けるのか。どれだけ感覚が鋭いんだ……。いや、これだけやればわかった。賜学もマディエス自身も、賜術しじゅつの国で襲われても足手まといにはならないな。足手まとい扱いして悪かったよ」


 どうやら、ジェアルは納得してくれたようだ。でも僕が納得いかないのだが。


「……オリクレアは参加しないんじゃなかったの?」


「冷気を使わないとは言ったけど、直接攻撃しないとは言ってないよ? 避けられるとは思わなかったから、お尻を狙わせてもらいました」


 いやいや、参加しないって言ってたよ。尻ならいいってこともないし。


「嘘を言って悪かったよ、マディエス。俺たちは炎や冷気より直接体を使う方が得意なんだ。オリクレアの蹴りを避けれたんだから、向こうでもなんとかなるだろう。しかし、いきなり剣や銃を出していたが、あれも賜学なのか?」


「うん。剣も銃も賜学で作られた兵器だよ。すぐに武装できるように、手首の機構に収納されてる」


 そう言い、剣の柄頭と銃のグリップの底をそれぞれ左右の手首に当てて、握っていた手を開く。すると、剣と銃は取り落されることなく折りたたまれて機構の中に消えた。


「そうなのか。あの大きさの武器が見た目では分からない大きさにまでできるなんてな。賜学はすごいな。詳しく聞きたくなったよ」


「うん、僕に分かることなら話すよ。でも、僕からも聞きたいんだけど、あれはなんだったの? 最後、燃えていない火が寄ってきたから、一応反撃したんだけど」


「ああ、あれは、『原動力』だ。炎を発生させずに忍ばせてみたんだよ。基本は近くで操作した方が制御しやすいが、少量なら遠くから操作して賜術を発生させられる。賜術士ならもっと高度なこともやってくるかもしれないからな。一応試したんだ」


 『原動力』……。あれがそうなのか。てっきり、もっと未知の存在なのかと思っていたが、案外調べればその正体や原理はすぐに発覚するのかもしれないな。


 とにかく、そろそろ家に戻ろう。向こうでの方針を決めるなら早い方がいい。トソウさんやトワとも共有しなければならないし、今日中に決めてしまおう。


 そう思い、2人に声をかけようとしたとき。


「おーい、誰かいるのかー? 銃声が聞こえたんだが、何かあったのかー!?」


 まずい、誰か来た。


 そういえば、昨日今日で新しいことが起きすぎてしっかり失念していた。集落内で無許可で銃を使用していいわけないじゃないか。当然だ。


 2人を隠さなければ。いや、僕も隠れなければ。いま違反がばれるのは、公務を受け持つ身として、とてもよくない。どこに隠れる? ここは草木が少ない。人がいるとわかって探されれば絶対に見つかる。場所選びが完全にあだになった。


「んん……? ……マディエスじゃないか。銃声が聞こえたが、こんなところでなにしてるんだ?」


 声をかけられたので振り返ると、その人物はもうすぐ近くまで来ていた。最悪だ、告げ口されないよう頼むしか……。


「ん? あっちにも誰かいるな。出てこいよー! 別にチクったりしないからよ!」


 ジェアルたちもバレてしまった……。どうしよう、銃のことをチクったりしないなら、2人のことも秘密にしてくれるだろうか? 賜術もまだ一般に公開されている情報ではない。


「マディエス? まぁ顔上げろよ。男なら誰だって銃を試したくなるときくらいあるよな? うん、わかるわかる」


(そういえば、近くまで来たのに男が誰なのか確認していなかったな)


 そう思い、僕は顔を上げて誰だか見上げてみる。


「……よう。まぁ、そんな警戒するなよ?」


 そこにいたのは、この賜学の集落において、もっとも高貴な人物だった。


 もっとも高貴な身分、それはすなわち『王家』。助言権という政治上の権利をもっているが、その実は政治には全然関わらせてもらえていない、王家の最後の1人。ザレンドさんだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る