第13話「集落の王」
賜学の集落における王家は、すでに形骸化してしまっている。もともとは中央に居を構えていたらしいが、いまは南西の外れの館で暮らしている。
どうしてそこまで権利が失われたのか多少興味はあるが、当然王家の最後の末裔に直接伺うことができるわけはない――ということもなく、ザレンドさんはよくあちこちに顔を出すため、話す機会はそれなりにあったし、一応は集落の王なのだが、特段威厳のある性質でもないので、聞いたことがある。
なんでも、3代前の王夫婦が暗殺されたことにより、もともと政治的権力も弱く集落への影響力の小さかった王家は中央を追われてしまったらしい。それ以降も、王家は怨恨による災禍に見舞われ、彼の両親――つまりは先代の王夫婦も殺害され、当時は話題になったらしいが詳しくは教えてくれなかった。僕もさすがに、両親の死についてまで追及することはしなかった。
まぁ、王家の内情は置いておくとして、どうしたものか。僕だけならともかく、ジェアルたちも見つかってしまった。隠さずに話してしまっていいだろうか? そういえば、特段口外を禁じられたわけではないし、賜術の国で認可を得られればおのずと広まるだろう。
そもそも、賜術のことは集落では隠されているのか? 僕が知らなかっただけではなく、権者によって意図的に隠されている?
ジェアルたちを見たダルタさんの反応からして、意図的に隠されていると考えていたけど、どの程度の機密なのかはよくわかっていない。王家なら、一般人が知らない情報も知っていそうな気もする。なら、とりあえず聞いてしまうか。
「ザレンドさん、いきなりで悪いんですけど、質問していいですか?」
「? ああ、別に構わないけど、なんだ?」
「そうですか。なら、『賜術』って知っていますか?」
ザレンドさんは、驚いた顔をした。しかし、別に激しく動揺する様子はなかった。
「ああ、知ってる。集落では隠されている情報みたいだけど、マディエスもなんで知ってるんだ?」
知っているのか。そしてやっぱり、意図的に隠されている……。その理由は気になる。しかし、それを聞くにはこっちも相応のことを話さなければなるまい。情報を隠している相手に一方が情報を教えることは対等じゃないだろう。
仕方ないか。ジェアルたちにも出てきてもらって、話してしまおう。きっと秘密は守ってくれるだろう。
「……ジェアル、オリクレア、出てきて。事情を説明してみようと思う。この人なら多分大丈夫だから」
そういうと2人は草木の陰から出てきた。ザレンドさんは2人を見て不思議そうな顔をしているが、はたして話を聞いてどう反応するのか。できれば内密にしてほしいが……。
*
「なるほど……。それで、戦力を図るためにここで力試しをして、つい発砲してしまったと」
「はい……。正直、いま違反がバレると、2人と一緒に賜術の国に行く任から外されないか不安で……。違反のことと賜術の話、誰にも言わないでいてくれませんか、お願いします」
昨日今日のことを全て話し、隠していてくれるように頭を下げてお願いする。断られたらどうしたものか。まぁ、告げ口されても特に問題ない可能性もないわけではないが……。でも、できれば何もないほうがいい。
「うーん、そうかぁ……」
ザレンドさんは悩んでいる様子だった。告げ口しても何の得もないと思うのだが……。
「ようし、決めた。俺もその旅、ついて行くかな!」
……? なぜ? いや、そもそも口外しないでいてくれるのか?
「えっと……。違反のことと賜術のことを話さないでほしいとお願いしたんですけど、それについては……?」
そう尋ねると、ザレンドさんは笑いながら言った。
「? そんなの、はなから誰かに話す気なんてないさ。別に誰かに弾が当たったわけでもないし、告げ口したって俺になんも良いことないだろ? 賜術のことも、隠されてる理由は俺も知らないが、それでも隠されているのは間違いないから、やっぱりまだ一般には隠していたほうがいいと思うぞ。だから俺も話さない」
そうしてくれるとありがたい。しかし、ザレンドさんはなぜついて来たいんだろうか。賜術に興味があるのだろうか?
「ん? ……まぁほら、俺も一応賜学の集落の王だしさ? 対等に契約するなら、集落の顔として役に立つかもしれないぞ?」
なるほど、確かに王が出向けば集落の本気さは伝わりやすいだろう。しかし、王と言っても実際は集落の外れで自由に暮らしているだけなのだが……。と考えていると、ジェアルがいきなり声を上げた。
「あ、あなたが集落の王だったんですか!? 申し訳ありません、気づかずに話している様子をただ傍観してしまいました……!」
ジェアルはそう言って頭を下げた。そういえば、ザレンドさんが誰なのか言ってなかったな。王って本来こんなに恐れられるものなのか?
「ははは、別に構わないよ。王って言ったけど、実際には特に権限があるわけでもないしな。でも、集落の内情を知らない相手にであれば、形だけの王でもきっと役に立てると思ってな。まぁ頭上げろって」
そう言って頭を上げるように手で促している。
「しかし、偉いなぁ。おじさんおばさんを助けるためにこんなところまで来るなんてな。こんなに小さいのに」
「俺は20歳です」
「? ……ああ、そうか。集落と外で年の数え方が違うのか。この集落で言うと13歳くらいかな? マディエスより少し小さいくらいだもんな。いい子だなぁ」
そう言ってザレンドさんはジェアルとオリクレアの頭を撫でようとするが、ジェアルは避け、オリクレアはぺしっと手で払いのけた。
「集落と年の数え方は同じです。俺たちは本当に20歳ですよ。王様はおいくつなんですか? 見た目の年齢は俺たちと違うからよくわからないんです」
「……なぁマディエス、本当に20歳なのか? さすがに小さすぎない?」
「少なくともの僕が聞いた通りなら、間違いないと思いますよ」
「え……。嘘だろ……? 年上、なのかよ……」
ザレンドさんは18歳なので、まぁ、そういうことになる。動揺する気持ちは僕にもわかる。さすがにギャップが激しすぎる。
「え、えっと。すまん、年上だったとは……。悪かったな……」
「い、いえ! そんな気にしないでください。年下にしても、王は王なんですから」
「いいえ、兄さん。今後は私たちに対してため口を禁じる」
ジェアルは気にしていないようだが、オリクレアは許す気がないらしい。
「何言ってるんだオリクレア……。すみません、敬語なんて使わないでいいですからね、ザレンドさん」
そんな二人を見てザレンドさんはふっと笑い、言う。
「そうか、わかったよ。2人は俺が王だからって敬語使わなくていいし、俺も年上だからって敬語は使わない。それでいいだろ?」
ジェアルは了承し、オリクレアも不本意そうな態度を示したが、しかし了承したようだ。
「よし、それじゃ、ダルタさんも待ってるんだろ? 3人はもう帰れよ。後日トソウさんやトワも集めて話をまとめよう」
そう言って、ザレンドさんは手を振りながら去っていった。
「そうだな。俺たちも戻ろうか」
そうして僕たちは力試しを終え、新たな同行者を得て家に帰った。
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