第51話「講演」

 賜学製の本とやらは発光が収まり、文字を浮かび上がらせなくなった。記録の再生は終わったようだ。記録の内容は、マディエスに対するメッセージでもあったが、同時にダルタさんの所業の懺悔でもあった。


 一体どれだけの数、罪のない人々を殺してきたのか、詳しいことはわからなかった。


 ……これだけの罪を告白されて、『その子』は一体どう思うのか。その上で愛していたと今更告げられて、どう思うのか。


 俺はマディエスを見た。俺には、マディエスが口角を上げているように見えた。


 マディエスは無言のまま黒い結晶の壁にまで歩いていき、その奥を見つめた。俺もそれに続いて壁の奥を見やる。


 壁の中には、よく見ると何かがある。何か、などではない。それは人の死体だ。腐敗して崩れてしまっているが、黒い結晶に侵食されているためか、ある程度原型をとどめている。


 赤い髪に、赤い服を着た女性。メッセージの内容を信じるなら、この人物こそがマディエスの母親なのだろう。結局、名前は記録の中には出てこなかった。


 しかし、俺は1つだけ安心していた。彼女の死体を見つけた時、まさかダルタさんはこんなものをマディエスに見せるためにここに来るように置き手紙を残したのかと思った。


 しかし、あれはライト程度では暗すぎて見えない。俺の炎があるからいまは見えてしまっているだけで。ダルタさんはあくまで、メッセージを見つけてほしかっただけのようだった。


「……行こう」


 しばらく黒い結晶の中の彼女を見つめていたマディエスが、不意にそう言った。


「もういいの?」


「……うん。本当の両親には悪いけど、僕の家族はダルタさんだけだよ」


 その気持ちは俺にも少し理解できた。マディエスは壁に背を向けて洞窟の出口の方に向く。


「……僕もダルタさんもこの集落も、間違いを犯しすぎたんだ。これ以上罪を増やす前に、どうにかして集落を止める」


「……それで、2人も、一緒に来てくれないかな……?」


 急に申し訳なさそうにマディエスは言う。


「ああ、大ごとになる前に止めてしまうのが一番だ」


「……うん、私もそう思う」


「……そっか。2人ともありがとう。……行こう!」


 マディエスは出口に向かって歩き出した。ずいぶんと機嫌がよくなったと感じた。やはりダルタさんの本音を知れたのが理由だろうか。


「しかし、実際どうやって集落は連合国に勝つつもりなんだ? 真正面から戦って勝つのはまず無理だろう」


 俺は素直な疑問をマディエスにぶつけた。集落の企みがなんなのかわからなければ、止めるもなにもない。


「黒星計画……」


「ん?」


「……記録の中にあった言葉だよ。賜術の国との戦争の歴史や、黒星計画など、特に密事に関してのことを知ったと書いてあった」


 言われてみればそんなことが書いてあった気がする。その黒星計画というのが、集落の企みと関係しているのか?


「僕を捕まえた時フォトガルムは、『賜術の国の殲滅計画を実行する』としか言っていなかったけど、それは密事権者が代々責任を負っている計画だと言っていた」


「ダルタさんが密事権者になる前に調べたことで黒星計画というものを知ったのなら、少なくともダルタさんより1代前から引き継いでいる計画ということになる」


 たしかに、繋がる部分はあるが根拠としては薄すぎる。仮に繋がっていたとして、黒星計画とはなんなんだ?


「黒星……月と白星と共に地球を公転する衛星の1つ。月と白星に比べると、一番地球に近い位置にある、一番小さい衛星。ただし――」


「――他2つの衛星と異なり、次第に体積が増加している」


 マディエスが黒星について説明してくれた。


 次第に体積が増加……。その要素が黒星計画というものに関係しているのか?


「……大きくなった黒星を、連合国に落とすとか?」


 オリクレアがそんなことを言った。


「それは無理だと思う。衛星なんてどうやっても運べないし、そんなことしたら集落だって無事じゃ済まないよ」


 それはそうだろう。しかし、他の衛星との違いが大きくなっていることのみなら、それが何かしら関係してきそうだが……。そもそも、黒星計画とやらが本当に賜術の国の殲滅と関係しているのかもわからない。


「……まずは急いでここを出るぞ。この洞窟は塞がれているし、集落とフラメリアルを結ぶ最短の直線上にはないが、両勢力に挟まれた位置にあるのは間違いないからな」


 俺はまずは洞窟から出なければどうすることもできないと思い、考えるのは後にしてここを出ることを提案する。


「……うん、そうしよう。とりあえずは集落の中央に向かおうか。あそこならどの方面にも同じくらいの時間で行けるから」


 そう言うとマディエスは会話を止めて走り出したので、俺とオリクレアもそれに続いて走り出した。



 *



 政事区画の議事堂の一室、フォトガルムは椅子に座りながらデータに目を通し、最終確認をする。


「刻限は迫っている。……準備はいいのだろうな?」


 回線は集落の西にある研究所にいるメゾメルに繋がっている。


『うん、言ったでしょ~? もうすぐだってぇ。とっくに解析は終わってるよ~』


「そうか、それならいい。……ようやく数百年に渡る雪辱を果たす時が来たのだ。失敗は許されない」


『それ、今朝こっち来た時も言ってたよねぇ。……フォトガルムはどうして、そんなに賜術が憎いの?』


 メゾメルの問いかけに、フォトガルムは当然といった風に答える。


「この集落の存在は敗北の結果だ。それでも集落に価値がないわけではない。賜学に価値がないわけではない。だからこそ、賜術を滅し、私たちの価値を証明しなければならないのだ」


「……憎いわけではないってこと?」


「いいや、憎い。権者である以上、賜術を憎み、滅ぼすことは使命だ。……お前も権者だが、お前が憎しみを抱いていなのならそれはそれで構わない。しかしそうであるなら、なにも考えずに役割を果たせ」


 そう言うとフォトガルムはメゾメルの返事を待たずに回線を切った。そして立ち上がり、部屋を出る。フォトガルムにも重要な役割があった。


 今日、政事区画は集落の民に開放されている。そして、区画内の広場には演壇が設営されている。フォトガルムは今日そこで、民衆に演説をしなければならないのだ。使命を果たすために。



 *



 軍事の区画にある広大な屋外演習場には、軍事の関係者と軍事付属学校の少年たちが集められていた。前方には巨大なモニター。いまはまだなにも映されてはいないためか、場内はがやがやと話し声で満ちていた。


 突然の集会だ。何事かと談義せずにはいられない。しかし、がやがやとした場内に唐突に大喝一声が響き渡る。


「静粛に!」


 それはこの場でもっとも強い権力を持つ男――軍事権者、モンク―スダークの声。場内は一気に静まり返った。


 なにも映されていなかった巨大なモニターが起動し、どこかの景色が映し出される。そこは場内にいる大半が見たことのない場所だった。整備された広場の少し高い位置に演壇が設けられ、その背後には巨大なディスプレイ。広場はそれを囲むように人々で溢れ返っている。


 しかし、そんな中に皆が見慣れた人物が1人。演壇に上がり、民衆の注目を集める男。政事という、この集落に生きる人全てに関わる部門を預かる人物、フォトガルム。集落に知らない人間はまずいないだろう。


「本日は突然の講演の開催にもかかわらず、これだけの方にお越しいただけて嬉しく思います。そして実際にこの場へ足を運べず、ご自宅等から聴講してくださっている方々も、お時間を作っていただきありがとうございます」


「今回の講演は突然の開催であったことに加え、こうして政事区画を完全開放するという異例の措置をとりました。しかし、重大な事実を公表することになる以上、そのような手段もやむを得なかったのです」


 屋外演習場にも、スピーカーからフォトガルムの声が響き渡る。少年たちは黙ってそれを聞いている。理解しようと努めている者もいれば、単に学校の規律に従っているだけで聞き流している者もいるだろう。


「今回公表する事実――それはこの集落の歴史です。この集落は200年前から存在しています。しかし、それより前に何があったのか。それをこの集落の民衆は誰も知りません。中には、200年以上前という時間の存在すら観念していなかった方もいるのではないでしょうか?」


 少しの沈黙。民衆に思考の時間を与える。自分たちという存在への疑問。それを芽生えさせ、そこに憎むべき事実を突きつけ、当て嵌めさせる。


「私たち集落の五権者は、その憎むべき歴史を脈々と継承し続けてきました。しかしついに、秘匿し続けてきた集落の歴史を、民衆へと公表するときが来たのです」


「200年前になにがあったのか。私たちはなぜ、この狭い山に囲まれた土地で、外を見ることもできずに、そして外があることすらも忘れなければならなかったのか。これからその答えをお教えしましょう」

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