第52話「黒星計画」

 200年を経て、全ての憎しみを忘却した民衆に、再び憎しみを植え付ける。


 長い年月を経て色褪せた憎しみなどで、人は人を殺せない。民衆には憎しみの代わりに200年かけて、研究による兵器開発と軍事による戦闘行為が根付いている。


 これから行う演説で、それを振るうべき対象と振るう根拠、そして動機を与える。


 集落の生活は、決して不幸なものではなかっただろう。しかし、より広い世界があると知り、より豊かな生活があると知り、それを得るための手段が与えられたとき、この集落の中に閉じ籠ることを望む人間がどれほどいるのか。


 フォトガルムはそんな人間はいないと考えている。政事権者となり『使命』を与えられ、操り人形に過ぎない自分が賜術をいまも憎んでいるように。


『賜学の集落』は、『賜学の国』の操り人形に過ぎないのだ。



 *



「私たちの集落には、賜学があります。これは、情報管理や医療、建築や兵器製造など、様々な分野で重宝される非常に高度な科学技術です。この集落が形成されるよりはるか前から存在し、私たちに繁栄をもたらしました」


「しかし、そんな賜学というものがありながら、この集落の前身である賜学の国『シオンシアル』は、恒常の繁栄を手に入れることはできませんでした。なぜなら、シオンシアルは常にとある勢力によって掣肘を加えられ続けてきたからです」


「その勢力とは『賜術の国』。これは1つの勢力を指す言葉ではありません。シオンシアルは、賜学を扱うということを理由に、他全ての勢力によって迫害されてきました」


「まず賜術について説明させていただきます。賜術とは、言ってしまえば賜学を体の中に埋め込んだようなものです。私たちが賜学を用いて行う行為――例えば火を熾したり、発電したりすることを、まるで魔法のように手をかざすだけで行うことができるのです」


 フォトガルムが言い終わると、背後のディスプレイに映像が映し出された。賜術の性質を再現したムービーだ。技術者謹製のそれは、本物の賜術と見分けがつかないほど再現度が高い。視覚情報が付されたことで、民衆の関心も上がった。


「きっと賜術を見て、感心した方もいらっしゃるでしょう。私たちの賜学も、このように媒体を排し肉体の挙動のみで操作できれば、より便利なものになるのではないかと」


「……しかし、それは違います! 私たちの賜学は、人が理解し、人のためにより良くしようとしたからこそ、今の形があるのです!」


 フォトガルムは声を上げた。


「賜術には人の手が及んでいない。彼らは賜術を体に宿しながら、賜術を何1つ理解しようとしなかった! あるとき与えられた摩訶不思議なそれを、何1つ畏れることなく受け入れた!」


「そんなものに繁栄はありません! 彼らは賜術に踊らされているだけです。彼らは賜術を理解し、人のためにより良くしようという努力をしなかった! その結果が、シオンシアルとの戦争なのです!」


 フォトガルムは声のトーンを落とす。


「およそ700年前。賜学がもたらされたとき、畏れた人々がいた。人のために用いるには、理解しなければならないと。賜術がもたらされたとき、悟った人々がいた。これは人知の及ばない代物だと」


「それは相反する認識でした。賜学による繁栄は、賜術にとって悪であると断ぜられたのです。そして愚かなことに、世の大半の人々は賜術を信じました。自らで理解せず、ただ賜術という未知の力に溺れることを選んだのです」


「人々は賜術という力を、戦争にも用いました。賜学を信じた人々は、その暴力の餌食となったのです!」


 再び映像が流れ始めた。武器を持った人々が戦っている。猪突猛進に突き進む兵に、それを待ち構える兵。兵が腕を前に構えると、そこから火炎が広がる。炎の波は迫る兵たちを飲み込み、簡単に炭に変えてしまった。そうして、鎧と武器の残骸だけが残る。


「賜学は優れた兵器をいくつも生み出しました。しかし、圧倒的な数の不利を覆すのは至難の業でした」


「賜学の盛衰の歴史において、何度か賜学が賜術の勢力の喉笛に迫ったことがあります。しかし、それらは全てあと一歩、及ばなかった」


「その最後の快進撃が、200年前のことなのです」


 フォトガルムがそう言うと、ディスプレイには今度は1人の男が映し出された。


「この人物は、200年前シオンシアルを率いていた頭領。名前をアルザカルダ・シオンシア。この人物の在位時代が、シオンシアルの最盛期と言っても過言ではないでしょう」


「彼は優れた指導者でした。彼のお陰でシオンシアルは急拡大し、全賜術勢力を相手取ることも出来ようかというほどまで、にその勢力を伸ばしたのです」


「しかし、それでもシオンシアルはあと一歩及びませんでした。アルザカルダは指導力だけでなく、賜学の知識と戦闘技術も一流であったと伝わっています。それでもやはり、戦争において数的不利は枢要でした」


「彼の勢力は数の力で降され、彼自身もシオンシアルに帰還することなく、その行方を眩ませました。中には賜術の勢力に囚われ、人体実験の実験台にされたという噂もあります」


「アルザカルダを失って以降のことは想像に難くないでしょう。指導者を失ったシオンシアルは国力を大幅に損ない、見る見るうちに外の土地を追いやられました。そうして最後に山に囲まれたこの土地に逃げ込むことで、完全な滅亡だけは免れたのです」


 フォトガルムはそこでいったん話を区切った。民衆の大半は懐疑の眼を向けている。このような突拍子もない話をされれば当然だろう。


「しかし今日、私たちの敗北の歴史は終わりを告げます! 理解と繁栄を嫌った賜術の国は、負けてもなお繁栄のためにもがいてきた私たち賜学の集落により、滅ぼされるのです!」


 突然、日中の陽光に照らされる広場が明るさを損ない始めた。


「アルザカルダは、1つだけ間違いを犯しました! 彼は王家の出であり、シオンシアルという国よりも、王家の掟を信じました! 超越的な兵器を保有しながら、それを秘匿し民よりも親を優先したのです!」


「しかし、私たち権者は違う。何よりも敗北を憎み、賜術を憎み、民に勝利を、賜学に栄光をもたらすために! 今日、賜術をこの世界から殲滅します!」


 フォトガルムの不穏な演説と、暗闇に飲まれていく不測の事態に、民衆は不安な表情を浮かべざるを得ない。それでもフォトガルムは続ける。


「なにも恐れる必要はありません! 賜術という枷を失った世界で、あなた方は自由なのです! さぁ、外の世界へともに参りましょう!」



 *



 洞窟の中を走り続け、ようやく出口が見えてきた。しかし、どこか様子がおかしい。日中なのにほとんど洞窟内に光が入り込んできていない。


 俺たちは走って洞窟の外まで出てきた。外はまるで夜のように暗かった。しかし、洞窟に入ったのは昼前だ。まだ数時間と経っていないのだから、いまが夜なわけはない。


「……日食か」


 空を見ると、真っ黒い月の後ろから僅かに太陽の光が漏れていた。空には白星も見えた。黒星はもともと黒いからだろうか、見えない。


 しかし、なんだか嫌な予感がする。今日、集落が戦争を始めると聞いてしまっているせいだろうか。


「……珍しい現象だが、いまは構っていられない。早く中央に向かおう」


 俺は余念を払おうと2人に言葉をかけたが、2人は返事をしない。ふと見ると、マディエスはなにやら手元を動かしている。


「……これはただの日食じゃない。今日の日食は、黒星も直線上にあるみたいだ」


 そう言うと何かを操作する手を止め、空を見上げた。


 そうか。黒星は暗いから見えないだけかと思ったが、太陽と月の前に並んでいたのか。


「……! 何か聞こえる!」


 突然オリクレアが声を上げた。俺も耳を澄ましてみると、確かになにかが風を切るような低い音が聞こえる。


「……? 何の音だ?」


 ゴゴゴゴという音。それは次第に大きくなっていき――。


 ――暗かった視界が一瞬真っ白になってしまうほどの凄まじい閃光と共に、一度消失した。


「なんだ!?」


 直後、今度は雷が落ちたかのような炸裂音が耳を劈いた。その音のせいで耳がキーンとする。これでは会話ができない。目は無事なため周囲を見渡すが、異常はない。空を見上げても、まだ暗いままだ。


 そう。まだ暗い。日食ならばそろそろ太陽が顔を出してもいい頃だろうに、いつまで経っても空は明るくならない。


 それだけではない。なにやら周囲に靄がかかり始めた。それも、黒い靄。もう1度空を見て気づいた。先ほどまでは見えていた白星が見えない。僅かに月の後ろから漏れていた太陽の光も見失った。


(空全体、地上全体が黒い靄に覆われている……?)


「……!?」


 暗さを解消するために灼賜術を使おうとして、気付いた。


 ――賜術が使えない。


「おい、オリクレア! 賜術を使ってみてくれ!」


 耳の回復を見計らってオリクレアにも声をかけ試してもらう。しかし。


「……使えない」


「……僕もダメだ」


 オリクレアに続いてマディエスも賜術を使えないようだった。そうなると、1つの結論に達さざるを得ない。


「……フォトガルムの計画は、賜術を封じて賜術の国を無力化することだったのか」


 見渡す限りの空全体をこの黒い靄が覆っているのならば、靄は賜術の国全体に及んでいてもおかしくはない。原理はまったくわからないが、賜術が使えないことにはやはりこの黒い靄が関係しているのだろう。これは一体何なんだ?


「…………!」


 思考を巡らせようとしたとき、再びゴゴゴゴという風切り音が聞こえてきた。音はどんどん大きくなってくる。


 ……嫌な予感がした。音は既に先ほどのものより長く続き、そして先ほどよりもすでに大きくなっていた。


 俺は身構えた。しかし、間に合わなかった。いや、仮に予見していたとしてもここにいる限りどうしようもなかっただろう。


「――!」


 視界が光に飲まれた。同時に凄まじい轟音と衝撃波。俺は最早固体なのか空気の圧力なのかすらわからないものに体を押し飛ばされ、そのまま意識を失った。

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