第53話「危機」

「ふぃー」


 ため息を吐きながら、汚れた服に大きな荷物を背負った女が穴から這い出てきた。


「大量、大量っと……。ありゃ、もう夜だったか。穴の中にいると時間とかわからなくなるよねー」


 そう言いながら荷物を近くに停めてあった荷車の上に乗せ、その場を去ろうとする。


「……んん? 何の音?」


 地鳴りのような音が迫って来る。そういえばさっきも凄い音したなーと能天気に考えていると――。


 ――突然の光と炸裂音と共に、山の一部が大きく口を開いた。そして遅れてやって来る土塊、岩石、衝撃波。


「なっ、なんだーーーーっ!?」


 女は素っ頓狂な声を上げながら、荷物と共に吹き飛ばされていった。



 *



 賜学の国の王家、シオンシア。その一族は賜学の国の建立者の子孫であり、一族の使命は『危険星外兵器の隠滅』。星の存続を脅かす兵器を回収し、破壊又は秘匿することである。


その使命は、200年前にアルザカルダ・シオンシアが失跡して以降、破綻し始めた。王家の兵器は流出し、賜術の国にも渡ったそれらは回収不能となった。


 そして56年前、かろうじて集落の王家の金庫に残された兵器の一部も、当時の王であったジェシェード王が、同じく当時の密事権者であったオリシスの凶刃により倒れたことにで、シアンシアの一族でない者の手に渡ることとなった。


 数百年受け継がれてきた使命。親が、己が身命を賭して守ってきた使命。ふと目覚めたときには、それは踏みにじられていた。


 その事実は、罰を与え、矯正を施すことの原動力にほかならない。


 ――継承された罪には罰を。受け継がれた悪逆性には矯正を。踏みにじられた使命は新たな使命を生み、そして清算されるのだ――



 *



――……! なぜお前が……!?――


――ほう、貴様は……。この体を殺した奇怪な技を使う男だな――



 *



――な……なんで、こんなこと……!――


――貴様らが罪深いからだ。貴様らには罰と矯正が必要だ――



 *



――……貴様がいまの指導者か。全く、愚かな真似をしてくれる――


――なぜだ、なぜ、賜術を、こんな力を……! ……いや、これは賜術ではなく、賜学……?

――


――ふん、賜学だ賜術だと、くだらない。貴様はなにも学んでいないのだな――



 *



――もうお前しか残っていないのか。……全く、ずいぶんと落ちぶれたものだな――


――……あんたが誰かは知らないが、落ちぶれていようが俺はあんたと戦うさ――



 *



「……!」


 目を覚ました。また気絶してしまっていたようだ。たしか、唸るような音と閃光の後、黒い靄に空が覆われて……そのあともう一度同じ音と閃光が見えて……。


「あ、目を覚ましたね」


 ふと誰かに声を掛けられた。声のした方を見ると、ボロボロの服を着た女性。


「ファスファラーレさん……」


「はい、これ」


 横に座っていた女性――ファスファラーレさんは立ち上がり、水を持って来てくれた。僕はそれを受け取りつつ尋ねる。


「……ここは?」


 周囲を見やると、様々なものが散乱した室内。


「ここは私が集落の南の方で仕事する時に寝泊まりしてる家だよ。前住人が同業者だったからか、使いやすいんだよね。大爆発のあと君が倒れてるのを見つけたから、ここまで運んできたんだよ」


 大爆発……。やはりそういうことか……。あの爆発で山の一部が消し飛ぶのは見えた。その直後、僕は爆発の衝撃を受けて気絶してしまったようだ。そこをファスファラーレさんが見つけて助けてくれたと。


「……!」


 ふと思い至った。


「ファスファラーレさん!」


「なーに?」


「僕以外には誰もいなかったんですか!? あと2人一緒にいたんですけどっ!」


 僕は部屋の中を見回した。ごちゃごちゃしていてスペースがあまりない。到底他に2人も寝かせられる場所は……。


「……私が見つけたのは君だけだよ。ずいぶん頑丈な防具を着ていたからほぼ無傷だったみたいだね。並みの賜学の装備ではどうなっていたか」


 そんな……! 2人は賜学の装備なんて着ていない。その上、賜術も使えない状態だった。つまり、生身の状態と変わらない。


「――っ」


 最悪の可能性が脳裏を過る。


(いなくならないって約束したのに……)


 ……いや、近くに倒れていなかったのであれば、まだなにも決まったわけではない。


「……ありがとうございました、ファスファラーレさん」


 そう言って僕は立ち上がる。


 探しに行かなかければ。2人はあの場所から離れてどこかに避難しているだけかもしれない。


「あっ、待って! いまは危ないよ!」


 扉に向かう僕をファスファラーレさんは呼び止めた。


「……危ないって、いま外はどうなっているんですか?」


 そう尋ねると、ファスファラーレさんは少し難しそうな顔をした。


「私にもよくわからないけど、山の一部が壊れて外と繋がって、そこから誰かが入って来たみたい。そいつがめちゃくちゃ危ない奴でね、集落の人を片っ端からぶちのめしてるんだよ」


「……! それは、どんな奴らですか!? 殺されているんですか!」


 爆発を見て好機と捉えたサンディアルが攻めてきたのかと思ったのだが――。


「え、えーと、奴らじゃなくて、1人だよ。青い髪をした男だった。あと、死人は出てなかったと思うよ。私が見た限りはね」


 ……? 1人? 青い髪ということは賜術の国の人物なのは間違いない。しかし、いまは賜術が使えない可能性が高いはず……。生身の人間たった1人で賜学と対等以上に戦えるとは思えない。しかし、ファスファラーレさんの言い方からして殺すことが目的ではないのか……? 情報が少なすぎて、状況が全然わからない。……それでも。


「……教えてくれてありがとうございます。でも僕は2人を探しに行きます。……探してもらうだけじゃなくて、探してやらないといけないですよね、友達なら」


 助けてもらっているだけでは友達面はできない。たとえ最悪の結末が待っているとしても、目を背けて忘れることはもうできない。辛くても受け入れなければならない。それなら、やれることはやっておきたい。


「そっかー。なら、頑張ってね。私はここを守らなきゃいけなから! せっかく採ってきたのに大爆発で消し飛んだガラスたちの敵討ちは、君に任せた!」


 ……それは知らない。そもそも、爆発音とそのあとの大爆発は、その男によるものなのだろうか? 爆発音のあとに発生した黒い靄がそれと関係があるのなら、どちらかというとその男の手によるものではないような気がする。 


 というか、僕に暴れているという男を倒せと? 賜術なしで集落を蹂躙するような相手に、僕が勝てるとは思えない。だからこそ、せめてジェアルたちを見つけたい。彼らは賜術の民。集落の負け戦に巻き込むわけにはいかない。


 僕は覚悟を決め、ファスファラーレさんのもとを後にした。

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