第54話「僕のしたいこと」

 ファスファラーレさんの仮屋を出て、周囲を見てみる。やはり周辺はいまだに黒い靄に覆われており、薄暗い。試しに賜術を使おうとしてみるが、やはり使えなかった。


 山の方を見てみると、山のちょうど賜術の国と集落を分断していた位置がなくなり谷のようになっていた。暗くてそれくらいのことしかわからないが、明るければフラメリアルの草原が見えただろう。


 集落側は、元は山の構成物だったのであろう岩石や土が散乱していた。中には人を余裕で叩き潰せるようなサイズの岩まである。もし人に落下していたとしても、賜学の装備なら耐えてくれていると信じたいところだ。


 とりあえず僕は、爆発が起きたときにいた場所へ向かうことにした。


 走って爆発のあった方向に近づいていくと、次第に爆発の影響が色濃く表れ始めた。爆発で吹き飛ばされたのであろう土砂や木々が積み上がっている。


 それらを避けながら走っていくと、爆発の瞬間に僕たちがいた場所が見えてきた。幸い、その地点まで爆発は及んでいなかったようで、洞窟もその周辺も原型をとどめている。これなら、運悪く岩の破片なんかが直撃したりしていなければ、無事な可能性がある。


 どこにいるのか探さなくては。そう思い、僕は意識を集中させる。走り回って探すよりも、やはりこっちの方が周囲を把握するには効率がいい。


 目を瞑って視覚を遮断し、聴覚、触覚、嗅覚まで意識からシャットアウトする。真っ暗な感覚の中、脳だけで周囲を把握する。


(ここから吹き飛ばされたのなら、集落の方向……)


 大まかな当たりをつけ、探してみる。いつものように一カ所を集中的に把握するのではなく、広範囲で人間らしきものを探る。すると――。


(――――!)


 集落の方向には、たくさんの人がいた。たくさんの人が、倒れていた。


 ……ジェアルとオリクレアのことばかりですっかり失念していた。この集落はいま、侵入者に襲撃されている。何者かはわからないが、とても勝ち目がないような強者だという。


 集落の中心地の方へ意識を向けていく。どこもかしこも逃げ惑う人々で溢れ返っていた。しかし、彼らは知らない。集落が安全でなくなった時、どこに向かって逃げればいいのかなど。彼らはただ、閉じられた空間を右往左往することしかできない。……はずだった。


 それなのに、彼らは明確にこちらに向かって逃げてきているように思えた。こちら――つまり集落の南側に向かって。南に逃げるべき場所に繋がる道があるなど彼らは知らないはずなのに。


(――っ!)


 意識を集中させ、周囲の状況を把握していると、集落の中心地である政事区画のさらに中央の広場、そこに設けられたひと回り高い位置にある演壇。その上にあるものに気付いた。


 それは死体だった。一目で死体とわかる状態で佇んでいた。しかし同時に、一目で誰だかわかる状態ではなかった。


 演壇の背後にあるディスプレイ――そこで死体は両腕を広げ、両手と両足を剣でディスプレイに縫い留められた状態で磔にされていた。


 生きたまま磔にされたのか、死んでから磔にされたのかはわからない。その表情から苦しみを推し量ることも出来ない。


 なぜなら――その死体には、首がなかった。


 ……これは、殺しが目的のやり方ではない。殺した上で、その罪を衆目に公開し、新たな罪を抑止するためのやり方だ。


 この死体が誰であり、なにをしたからこのように殺されたのかはわからない。しかし、広場で倒れている人々に意識を向けてみてわかったことがある。


 侵入者は、殺戮を目的に集落に侵入したわけではない。少なくとも広場で倒れている人々の中には、死者はいないようだった。ファスファラーレさんの言った通り、どうやらむやみに集落内で殺し回っているというわけではないようだ。磔にされている人物が例外だったのだろう。


 しかし、ジェアルとオリクレアはいまだ見つからない。もしかしたら、爆発は運よく無傷か軽傷で済み、その後、賜術が使えず戦えないため、集落内からフラメリアルに避難したのかもしれない。


(……それなら、僕はどうするべきなんだ? 2人を探しにフラメリアルに行くべき? それとも集落のために何かをする? でも、僕1人にできることなんてあるとは思えない。相手は1人で集落をここまで混乱に陥れた人物だ。僕1人では……いや、皆が協力してもどうすることもできないかもしれない……)


 そこでふと思い出した。


(皆……トワやザレンドさん、トソウさんはいまどこにいる? 侵入者は磔にされた人物1人を除いて、おそらく誰も殺していない。なら、皆が殺しの対象になる可能性は低い。そもそも、当の侵入者はいまどこに……?)


 僕は皆と侵入者の居場所を知るため、集落内をより広く探ろうと、サーチする範囲を更に広げた。


(――っ)


 こんな広範囲をサーチしたのは初めてだ。頭の処理が追い付かなくなりそうだった。情報量が多すぎて理解ができない。何がどこにあり、どこで何が起こっているのか、全然一致しない。


 ……それでも、集落内にある物の把握自体はできている。めぼしいものを探って順に場所を絞っていけば――。


(――――っ!)


 急に頭に電気が走ったような感覚。まるでいきなり機械の電源を落としたかのごとく、バチンと意識は頭の中から弾き出され、体に戻された。


(……なんだ? 能力を使いすぎたせいで、頭が負担に耐えられなかった?)


 再び集中してみるが、もう意識と体を分断することはできなかった。やはり、頭を酷使しすぎたのかもしれない。


 となると結局、ジェアルもオリクレアも、他の皆の居場所もわからないままになってしまった。


(……僕はどうするべきなんだ? ……僕のしたいことは、なんなんだ……?)


 やれることはやっておきたいと思う。だけど、フラメリアルと集落の中心、どちらに向かえばいいのかわからない。


 少なくとも、トワたちは集落の中にいるだろう。対して、ジェアルとオリクレアは全くの行方不明。そして、もし2人になにかがあったのだとしても、僕にできることは……ない。僕は医療の賜術を使えない。2人になにかあったとしても、僕に助けることはできない。


「…………くっ!」


 僕は走り出した。


 僕にやれること。それは、集落の皆のために最善を尽くすこと。僕のしたいこと。それは、ジェアルとオリクレアを探して、一緒にいること。


 僕は走り出した。


 やれることはやっておきたい。そう思ったのは他ならぬ僕自身だ。だけど、ダルタさんもオリクレアも、僕のしたいことをしろと言った。僕は、ジェアルとオリクレアに会いたい。無事を確認したい。そうして、一緒にいたい。


 だから、集落から出てフラメリアルに向かう。


 集落で僕にやれることはあるだろう。もしこのままではなにかを失う結果が待っていたとしても、僕がトワたちと協力すれば、なにかを失う結果を避けられるかもしれない。


 ……それでも僕は、僕の望みを優先したいんだ。


 侵入者はむやみに集落の人を殺していない。なら皆がその標的なることは、多分ないだろう。それなら、僕はフラメリアルに向かう。集落の皆は殺されないなら、行方不明の2人を探す方がなはずだ。



 ……それなのに。



 ――――どうして、こうなるの?



 フラメリアルに直接繋がっているであろう谷に向かって走っていると、ふいに背後からなにか音が迫って来た。それがなにか確認すRために振り返ろうとしたときには、なにかは僕を飛び越えて、僕の前に立ちふさがっていた。


 青い髪の男。前に一度だけ見たことがある。そのときは銃を使っていた。しかし、いまは右手でサーベルを掴んでいる。


 そして、なにかに跨っている。それは、馬の形をした何か。いや、何か、などではない。その馬は賜学の技術で出来ていた。バッテリーボックスのように、意思はないが人間の操作から自立して動く賜学製品はある。


 しかし、一目見てわかった。その賜学馬は、到底この集落の技術では再現できない。まるで初めからそういう生物であったかのごとく、まるで人間が造ったものではないかのごとく、優雅に蹄を鳴らし佇んでいる。


 そして、そして。


「――え……? あ……」


 その男が左腕で抱えているもの。それは、いびつにひしゃげた十字架。


 その十字架の意匠には、見覚えがあった。あれは賜術の国に行く任務の直前に見せてもらった、王家の保管する兵器だという剣。剣身は十字の形に引き延ばされ、その先端は架けられた人物の手首と足首に向けて曲がり突き刺さっている。


「――――ザ、ザレンドさん!!」


 一目で誰だかわかった。つまり、頭はある。


「――!」


 どさりと、十字架は地面に投げ落とされた。僕はすぐに駆け寄る。


「ザレンドさん!? 大丈夫ですか! な、なにがあったんで――」


 僕が言い切る前に、からんと目の前に何かが投げられた。それは、青髪の男が持っていたサーベルだった。


「混じり物よ、貴様に其奴の断頭を譲ってやろう」

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