第55話「本当のこと」
「混じり物よ、貴様に其奴の断頭を譲ってやろう」
(…………は?)
言っている意味がわからなかった。そんなものを譲られたがっているとでも思っているのか?
「それを拒むのであれば、己が其奴を断罪しよう」
そう言うと男は、賜学馬が咥えていた短剣を取り上げた。短剣と十字架は柄頭からのびる管で繋がっている。
男が短剣をザレンドさんに向けた。すると、十字架は蠢き次第に湾曲し始める。ザレンドさんの四肢が、反り返っていく。
「……! な、にを……?」
声が震えた。十字架の形をしていた大剣は、3方向にわかれていた剣身が1本にまとまるくらいにまで反り返る。
それ以上は、人体の可動域を超える。
「や、やめて! 死んじゃう……!」
男を見上げ、声を上げる。碌な反論の言葉もでなかった。
「ならば早くしろ。……そら、其奴の意識も回復したようだぞ」
「――!」
上げていた顔をザレンドさんに向ける。十字架は元の形に戻り、ザレンドさんは仰向けの状態で地面に横たわっている。
「――かはっ……!」
むせて血を吐き出した。内臓を損傷しているのかもしれない。
「ザレンドさんっ! な、なにがあったんですか……!?」
なにがあったかなんて明白だ。目の前の男にやられたのだ。だが、かける言葉がみつからなかった。これから一体どうすれば助けられるのか、まったくわからなかった。
「マディエス……か?」
「……! ザレンドさん!」
ザレンドさんは目を開き、僕を見た。いつものような眩しい表情は微塵も無かった。
「……悪い、マディエス……。守って、やれなくて……」
「……守る……? なんの話ですか……?」
すると、いまだ賜学馬に跨ってこちらを眺めていた男が口を開いた。
「其奴は王家であるにも関わらず、その使命を果たさなかった。王家の使命とは即ち、『危険星外兵器の隠滅』。其奴は使命を放棄し、剰え貴様に兵器を譲渡した。いま貴様が纏っているその黒鎧のことだ」
(……王家の使命? ……この鎧が危険星外兵器とやらで、それを隠すことが王家の使命ということ?)
「……俺の親は俺が生まれて、すぐ死んだから……俺だって知らなかったって、何度も言ってる、だろ……」
「ああ。だから己もそういう問題ではないと何度も言っている。貴様が抵抗しようとしまいと、己は使命を果たす。其処な混じり物は、滅さねばならない」
(……? 話が全然見えてこない)
「! マディエス、逃げるんだ……! こいつの標的は、お前なんだっ……!」
(……! 僕が標的……? つまり、ザレンドさんからこの鎧を借りたから、僕を殺すことがこの男の使命、ということなのか? それなら――)
「こ、この鎧は王家に返します! だから、お願いします、ザレンドさんを助けてください!」
僕は頭を下げた。いまザレンドさんを助けるためには、とにかくこの男に懇願するしかない。
「……それは其奴次第だ。混じり物よ、貴様は思い違いをしている。己の使命は『危険星外兵器の隠滅』と言ったな。貴様の纏っているその黒鎧ももちろんその対象だ。しかし、それだけではない。貴様のその頭蓋の中――居るのだろう?
「――!」
すぐに思い当たるものがあった。頭蓋の中――頭の中の声。そして、黒い光。たしかにあれは、存在してはならないものだと、僕自身もたった一度目にしただけでそう思った。
(……つまり、この男は僕の頭の中の誰かを危険視し、僕ごと消し去ろうとしているということか……? ……なら、ザレンドさんは僕を庇うために、こんな目に……? どうしてそこまで……?)
「……ザレンドさん、ありがとうございました。でも、もういいです。僕が死ねば解決するのなら、僕はおとなしくそれを受け入れます」
僕は、死後の世界なんて信じていない。だけどいまは、ダルタさんも向こうにいるなら死んでもいいかと、思い始めていた。
……結局、ジェアルとオリクレアを見つけることはできなかった。本当は2人にまた会いたかった。だけどやっぱり、ザレンドさんにだって死んで欲しくはない。
「だけどその代わり、ザレンドさんのことは助けてください!」
この男に狙われているなら、どのみち僕は殺される。それなら、ザレンドさんが死んでしまう必要なんてない。
「マディエス……! 俺はいいんだ! 逃げてくれ……! ……頼むよ……」
(……どうして? 逃げ切れるわけなんてないのに、どうして僕のために死んでしまおうとするの?)
理解できなかった。あまりにも
(……!)
そう考えて、ふと、思い出した。さっきまで僕自身、同じことをしようとしていたことを。
『侵入者はむやみに集落の人を殺していない。なら皆がその標的なることは、多分ないだろう。それなら、僕はフラメリアルに向かう。集落の皆は殺されないなら、行方不明の2人を探す方が
それは単に、僕がジェアルとオリクレアに会いたいがために、皆を見捨てる理由を繕ったに過ぎなかなかった。
そうやって非合理的な判断を、正しいものだと附会しようとした。
なら。ザレンドさんがそれと同じことをしようとしているなら――。
――ザレンドさんにとって、逃げ切る希望が無い中で僕を逃がそうとする非合理が、自分の命を無駄に捨てる理由にすらなるというの――?
余計、わからなくなった。
「――――くっ!」
ザレンドさんが力む声が聞こえた。貫かれた手足を、解放しようともがいている。
「……混じり物よ、早くしろ。貴様が其奴の間違いを正すか、首を落としてやれ。できないのであれば、己が断罪しよう」
男は再び短剣をザレンドさんに向けた。
「ま、待って! ……なんで、なんで僕を助けようとするんですか!? わかるじゃないですかっ! ザレンドさんが犠牲になったって、僕じゃあの人から逃げ切れません……!」
僕がザレンドさんに質問をする間にも、少しずつ十字架は縮んでいく。
「――ぐっ……! ……いいから、逃げてくれっ……! 俺は、どうなってもいいから……。お前には、生きてて欲しいんだよ……!」
両肩が後ろに閉じるかというくらいまで、十字架は反り返っている。まずい、これでは、本当に死んでしまう。…………そうなるくらいなら――!
僕は近くに転がっていたサーベルを拾い上げ、そして男の方に向ける。するとすぐにサーベルの剣身は赤く溶け出した。そしてそれはすぐに輝く光に変わり――次第に
「……!」
男もなにか察したようだ。咄嗟に短剣を前に構えた。しかし、そんなものには何の意味もない。
僕は男が構えている短剣めがけてサーベルを擲った。それは短剣に接触すると、弾かれることもなく短剣を通過した。しかし。
サーベルが放つ黒い光が男に届くよりも早く、男の跨っていた賜学馬が後方に向かって大きく跳ねた。
土埃が舞い上がり、男は賜学馬の背に乗ったまま、暗闇に消えていった。
「――ザレンドさん!!」
すぐにそちらを見やる。十字架は反り返った形で停止している。ザレンドさんは白目を剥いている。こんな姿勢では、呼吸もできない。
どうにかしなければ。しかし、十字架の強度は並々ならぬものだ。僕には破壊することができないだろう。……ザレンドさんを助ける手段は1つしか思い浮かばなかった。
「……ザレンドさん、ごめんなさい……!」
僕は左手に銃を展開した。そして、ザレンドさんの右手首を撃ち抜く。バン、という大きな音と共に、ザレンドさんの右手首が弾け飛ぶ。
反り返った十字架から右腕を解放された体は、なんとか正しい姿勢を取り戻した。
ザレンドさんの呼吸を確認してみる。しっかりと息をしている。心臓の鼓動も確認してみる。こちらもしっかりと脈を刻んでいる。
「――――よかった……!」
僕は安堵の声を漏らしつつ、ザレンドさんの右手首の止血をした。
「……マディ……エス」
「……! ザレンドさん! 意識が戻ったんですねっ、よかった……! すみません、その、右手を……」
助けるためとはいえ、無許可で片腕を喪失させてしまった。賜学製の義手はある意味便利ではあるが、体を機械で補う喪失感は計り知れない。
「……ああ、しょうが……ないさ。おかげで、こうして最後に話せる」
「最後……? せっかく生きているのに、そんなこと言わないでくださいよ……!」
そうだ。生きているのだ。酷い怪我だけど、西にある研究所にまで行けばきっと助かる。
「――がはっ! ……くっ」
ザレンドさんは急に大量の血を吐き出した。
「ザレンドさん!?」
ぜーぜーと荒れた呼吸に変わっていく。
「……! すぐ研究所に行きますから、頑張ってくださいっ!」
僕は十字架を担ぎあげる。
「……いいんだって。もう助からないのは、わかる……。最後に、話をしよう」
……話なんてしたって碌な結末を生まない! もう十分わかった。ダルタさんもジェアルもオリクレアも、皆僕と話をした途端にいなくなってしまった。トソウさんもトワも今どうなっているかわからない。
結局また僕は間違えて、こうして後悔して。だけどもう忘れることはできない。ならせめて、ザレンドさんだけでも助けたい。僕のためなんかに、
(――っ)
なぜ守ろうとしてくれたのか、なんて疑問を僕は結局抱いている。話さなければ答えが出ないものを、どうして懲りずに求めてしまうのか。
なぜ。なぜ、なぜ?
「……なぜ、お前を守りたいって、思うんだろうな……?」
ザレンドさんは不意に尋ねてきた。しかし、それは僕が知りたいものだ。あなたにわからないのなら、僕にわかるわけがない。
「なぁ、マディエス。……お前は、誰かを守りたいって思ったこと、あるか……?」
……誰かを守りたいと思ったこと……。それは、ある……だろうか? 確かに僕は、目的があって行動することはあっても、誰かを守りたいと思って行動したことなんて、ないのかもしれない。
僕にそんな強かさがあれば、あのときダルタさんと共に死んでいただろう。
僕は、守ってもらってばかりだ。14年間ダルタさんに守られてきた。頭の中の誰かも、僕の心を守ってくれた。トワも僕を守るために賜術の国に付いて来てくれたと言っていた。ザレンドさんも今こうして、命がけで守ろうとしてくれた。
「なぁ、マディエス。……君は、本当は……
僕は足を止めた。体が少し震えているのに気づいた。
「……はは、意味わかんないよな……。別に俺がお前を守りたくても……俺がお前に守ってもらっても、おかしく、ないよなぁ……?」
腹部がぎゅっと締め付けられる気がして、十字架から片手を離してお腹を手で押さえた。
「でも、最後にさ……本当のことを、知りたいんだ……」
……本当のこと……。それを教えたら、ザレンドさんは死んでしまう。そんな考えに囚われる。
――――わかってる。……もうザレンドさんは、助かりようがない。僕じゃ研究所に間に合わない。でも、僕が助けようとしたって、いいじゃないか……。
「なぁ、マディエス。最後に、教えてくれないか……? 君は、本当は――」
瞬間、黒い靄の中からぶわっと腕が現れた。そして、その腕が十字架――大剣の柄を掴んだ直後――。
3方向に分かれていた剣身は1つにまとまり――ザレンドさんの胸部に突き立てられた。
「――がはっ……!」
ザレンドさんが盛大に血を吐き出した。大剣は背中側から引き抜かれた。
「……! ザ、ザレンドさん! ザレンドさんっ……!」
僕は仰向けに倒れたザレンドさんの横に這いつくばって嗚咽しながら名前を呼んだ。
「……やはり、貴様は危険すぎる。同じく危険星外兵器である短剣に、己の賜学馬まで易々と破壊するとは。もう猶予は与えない。すぐに終わらせよう」
なにか喋っているが、全く耳に入ってこない。僕はただ、ザレンドさんに呼びかけ続けることしかできなかった。
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