第56話「さようなら」

「ザレンドさん……! ザレンドさん――っ!」


 僕が呼びかけても、目線をこちらに向けているだけで、もう答えてくれない。


「そんなに其奴が大事か。なら、手早く介錯してやれば、これほど苦しむこともなかっただろうに」


「――うるさいっ!」


 お前のせいなのに、いけしゃあしゃあと。と言いたかったが嗚咽で声が出ない。僕はこれから、どうしたらいい? どうしたら助けられる?


 ふと、地面に蹲る僕の手を、何かが触れた。ザレンドさんの左手だ。冷え切っている。それでも、僕の手をしっかりと掴んでくる。


 ザレンドさんの顔を見やると、笑っていた。もう指一本動かすことさえも苦痛であるはずなのに、そんな中でも、僕に笑顔を向けてくる。


 辛いはずなのに、辛い素振りを消し去ろうとする。なんでそんなことをするのか。もう理由はわかった。僕が辛くないように。こんな状況でも守られる側の僕を、守るために。


 ――僕はどうしたらいい? どうしたらザレンドさんを助けられる?


 オリクレアとジェアルは、僕を助けてくれた。ダルタさんが死んで、泣きじゃくる僕の背をさすって慰めてくれた。だけど、いま泣いているのは、また僕だ。これではザレンドさんを助けられない。


(――!)


 思い出した。2人に助けられた僕は、自分のしたいことを考えて、ようやくダルタさんの手紙を読むことができた。そうして、洞窟でダルタさんの本心を――本当のことを知ることができた。


 だから僕は、ダルタさんの死を乗り越えられた。救われたんだ。


 それなら、初めから答えはわかっていたんじゃないか。――――話していいんだ。だって、彼は気づいているんだもの。本人が答えを望んでいるんだもの。


「……うっ……」


 僕はなんとかはしたない嗚咽をこらえながら、ザレンドさんの横に正座した。もう自力で保持することもできないであろう左手を両手で握りしめて、せめてもの微笑みと共に言う。


「僕は――いいえ…………。私は――――私の性別は……『女性』、です」


 もうザレンドさんに笑顔はない。聞こえているのかもわからない。それでも、話し続ける。


「……ずっと、集落の人には隠してきました。きっとダルタさんは、隠すことで私が守られずに済むようにしたかったんだと思います。男として、自分で自分を守る力を持てるように」


「だけど、私はそんなに強くはなれませんでした。結局は、守ってもらうことしか、できませんでした。


「……そんな私でしたが、あなたは、本当の私に気付いてくれました。話すことが好きで、話すことを恐れている本当の私に」


「私に、秘密を話してもいいんだと、教えてくれてありがとうございました。話すことで、失わずに済むものがあると、教えてくれてありがとうございました」


「……こんな私を、守ろうとしてくれてありがとうございました」


「――そして、誰も守れなかった僕に、最後にあなたを救わせてくれて、ありがとうございました――」


 そのまま頭を下げ、顔を寄せる。


 金色の髪に、白い肌。青い瞳に、赤い唇。なんだか、儚くて綺麗だ。そのまま口唇を重ねた。


 ……あなたの命は、ここでおしまい。私のしたいことも、ここでおしまい。


「――――ザレンドさんっ。ここまで、ありがとうございました。……さようなら――――」


 ――ゴトン、ゴトン。それが、僕が最後に聞いた音。

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第四世界ノ存在戦争 なまくさ @namakusa

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