第3話「許可」

「――――お前たち、どうやって集落に入ってきたんだ……?」


 ダルタさんはとても動揺しているように見えた。しかし、集落以外から来たことが分かっているような言い回しだ。まぁ、ダルタさんは密事権のトップだし、僕が知らない情報を知っているのは間違いない。


「こ、この2人は僕が連れて来たんだ。洞窟の中で倒れていたから、話を聞こうと思って。ダルタさんは、この2人のことを何か知っているの……?」


「……! マディエス、あの洞窟に入ったのか!? なら…………い、いや、なんにしても、あそこはもう…………」


「……? あそこの洞窟なら、僕もダルタさんも密事関連でたまに使っているけど、あそこになにか……?」


 あの洞窟に僕が入ることに特段珍しいことは無いと思うのだが……。洞窟にはなにかあるのだろうか。


「! そ、そうか。それならいい……」


 ダルタさんの動揺がかなり落ち着いたように見えた。なにか洞窟には秘密があったのか。まぁ、ダルタさんが僕に知られたくないのなら、わざわざ追及もしようとは思わない。それより、ちょうどいい。不治の病の研究のために、賜学者に彼らの国に行ってもらいたいという話もしてしまおう。


「ダルタさん、この2人は集落の外から来たんだ。どうやら彼らの国、というところでは、治せない病気があるらしい。それで、2人の大事な人がその病に罹ってしまったから、助けるために僕たちの賜学しがくを頼ってきたみたいなんだ。その人たちを助けられるかはわからないけど、病の研究のために賜学者を彼らの国に行かせられないかな?」


 僕が事情を説明すると、先ほど落ち着いたダルタさんの表情は険しくなる。ジェアルたちも気まずそうだった表情をより強張らせていた。思えば僕は、集落以外のことなんて全然考えてこなかった。それは集落の人の大半がそうであるはず。集落の外に人を行かせるのは、なにか憚られる理由があるのだろうか?


「……マディエス。君にそのような任務はないはずだ。いままで、与えられた任務を淡々とこなしてきていたように思う。それなのに、今回はどうして、その2人のためになにかをしたいと思うんだ……?」


 ……どうして、と言われると、簡単だ。彼らを一目見た時に思ったのだ。奇抜な髪色だな、と。……僕の髪と同じだ、と。


 この集落には、黒や茶、金の髪色の者しかいない。僕だけが、真っ赤な髪をしているのだ。もっとも、そのままでは集落の人に不信感を与えるので、金色に染めているのだが。


 彼らはきっと、僕の両親に関係のある人物なのだ。僕の両親は既にいない。僕は最初からダルタさんに育てられた。そのダルタさんも、両親について肝心なことは教えてくれなかった。ダルタさんが僕に教えたくないなら、それでいいと思っていた。だけど、ジェアルたちに会ったことで、興味を抱いてしまった。


 ……それだけだ。それだけなのだが、素直に話して、納得してもらえるだろうか。僕の両親のことを隠すダルタさんに、両親のことを調べたいから、という理由で。……でも。


「……赤髪の彼はジェアルソール。水色髪の彼女はオリクレア。そして、僕の髪の色はこの集落では唯一、赤い。きっと、彼らと僕には何かしらの関係があると思ったんだ。それを、調べてみたい。……あと、いい人たちだから、力になってやりたいんだ」


 嘘は吐きたくなかった。そのせいで断られてしまっても、仕方ない。そう思っているのに、力になりたいだなんて、ひどい性格だ、僕は。


「……お、お願いします! おじさんたちだけじゃない。国中で、不治の病は蔓延しているんだ! たくさんの人が苦しみ、大切な人を失う人もいる。賜学というもので、多くの人が救われるかもしれない。だから、どうか力を貸してください……!」


「……お願いします……」


 ジェアルがダルタさんに頭を下げてお願いする。オリクレアも続いて頭を下げた。


 ダルタさんは、とても難しい顔をしていた。しかし、難しい顔をしているということは、悩んでいるということ。絶対に無理ではないのだ。なにか。なにかダルタさんに一押しできる主張は――。


 と、行き詰まっていると。家の入口から音がした。誰かが入ってきたようだ。誰だ?



 *



 家に入って来たその人物は、艶のある黒い髪の男。集落には黒髪の者はそれなりにいるが、ここまで真っ黒なのは珍しい。彼の名前は、トソウ。メゾメルさんをトップに据える、研究権従者の1人だ。なぜうちにやってきたのだろう。なんて間の悪い……。


 ……いや、待てよ? 研究権者とは、賜学の研究の部門の長。トソウさんは、メゾメルさんといつも一緒にいる。事情を話してこちら側についてくれれば、あるいは……。


「……トソウ。なぜ、うちに? なにか用件が?」


 ダルタさんも疑問を投げかけた。どうやら、予定があったわけではなく、突然の来訪のようだ。


「ダルタ。あー、お前に用事があったんだが。……いったいどういう状況なんだ……?」


 それはそうだ。空気は最悪に近い。疑問を投げかけるのはトソウさんの権利だろう。しかし、ちょうどいい。全て話して、こちら側につけるのだ。ダルタさんよりは幾分、懐柔しやすそうだし。



 *



「なるほど。外の国の不治の病を研究しに行きたいが、心配だから行かせたくない、ということであってるな、ダルタ」


「……話を聞いてたか? 心配だからなんて一言も言ってないだろう」


 ……ダルタさんがからかわれている。この2人は結構仲がいいらしい。


 しかし、ダルタさんは、心配していたのか。僕を? それはそうか。ジェアルたちではないだろう。となると、どうしたものか。僕が行かずに、他の賜学者だけに行かせる? しかし、それだと僕は調べることができない。


 と、頭を悩ませていると。


「ダルタ。俺が一緒にマディエスたちに付いていこう。それなら問題ないだろう」


 ……! それは期待していた展開に近い。むしろ、ダルタさんが信頼しているトソウさんが付いてくるなら、ダルタさんへの一押しとしては最もいい展開かもしれない。


「……それなら、確かに危険はかなり減るだろうな。しかし、問題はそれだけじゃない。お前ならわかっているんだろ? どのみち、俺たちは――」


「ああ。こうなった以上、そうならないようにお前がするんだ。俺もメゾメルに話をしておく。まったく不可能という話でもないだろう。鍵を握っているのは、文字通りお前なんだからな」


 ……? トソウさんは何の話をしているのだろう。話の内容は全然わからない。でも、僕たちに都合の良い方へ説得してくれているのはわかった。この人は、何かとあまいようだ。


 それから少しの沈黙の後。


「……わかった。たしかに、そうだな。マディエスが望んでいる。トソウが付いて行くなら心配ない。他の問題は俺がなんとかすればいい」


「マディエス、賜術しじゅつの国の2人。俺は不治の病の研究のための協力をしよう。……しかし、俺だけが決定権を持っているわけじゃない。この、賜学の集落の決定機関を納得させなければな」


 ダルタさんは、僕たちに許可を出してくれたようだ。しかし、集落の外への賜学者の派遣となると、やはり簡単に事は運んでくれないようだった。

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