第2話「情報の共有」
「君たちは何者で、どこから来たの? なぜ洞窟で意識を失っていたの?」
とりあえず、当然の疑問を投げかけてみる。
「ここは、洞窟の中なんだよな……? 俺たちは、洞窟の外から来たんだ。俺たちのおじさんとおばさんが不治の病にかかってしまい、その治療がこの洞窟の中に住む民族なら可能だと本に書いてあったから、確かめに来た。……洞窟で倒れていた理由だが、わからない。確かに洞窟を見つけて、中に入ったんだが……。気づいたらここにいたんだ」
……洞窟の外? 民族? よくわからない。いまいち具体性に欠ける。もう少し詳しく聞かせてほしい。でも、その前にまず聞くべきだった。
「そういえば、君たちの名前は?」
「俺はジェアルソール。こいつはオリクレアだ。あんたの名前も聞いてなかったな」
あ、そういえばそうだった。聞いてばかりでこっちのことを話していなかったな。
「僕はマディエス。ここは僕と、育ての親……保護者……? まあ、ずっと面倒を見てくれているダルタさんの家だよ。君たちが洞窟の中で倒れていたから、ここまで運んできたんだ。放っておくわけにもいかないしね」
と、そこで少年――ジェアルソールが不思議そうな顔をした。
「洞窟の中で倒れていたから運んできた、って、ここは洞窟の中じゃないのか?」
ああ、やっぱりか。ここは洞窟の中じゃない。どういう思い込みかはよくわからないけど。
「ここは洞窟の中じゃないよ。洞窟の中で倒れていた君たちを、洞窟の外のここまで運んだんだ」
「……オリクレア。さっきここは洞窟の中みたい、って言ってたよな? 違うらしいぞ。もしかしてここはケミアルの領地なんじゃないか?」
「はぁ、兄さん……私は、山の中みたい、って言ったの。ここはケミアルじゃないし山の外じゃないの。北の山はね、リング状だったんだよ。リング状の山の内側と外側を、洞窟が繋いでいたの」
ずっと黙っていた少女――オリクレアがしゃべった。ジェアルソールにあきれている様子だけど、僕にもよくわからない。正直、この集落の以外の存在なんて考えることはなかった。最初からずっとここにいたから。
よくわからないから先に話を切り出してしまおう。
「えーと。それで、君たちは不治の病の治療を求めて外からこの集落に来たんだよね?」
「そうだ。ここには、あるのか!? 不治の病の治療方法が!」
まずい、期待させてしまったか。申し訳ないが……。
「ごめん……。不治の病、というものを僕は聞いたことがないんだ。確かに、僕たちには病気や怪我の治療を行える
ジェアルソールの顔色が悪くなる。オリクレアもがっかりしていそうな空気を出している。しかし、どうしようもないのだ。罹病者がここにいない以上、研究することもできない。
「君たちの集落には、賜学で治療できる人はいないの? 不治の病ということは、罹病自体が少なくて研究が進んでいない感じ?」
うなだれたまま、ジェアルソールが話し始める。
「その、賜学、というものは僕たちの国にはない……。そして、不治の病は珍しい病気じゃないんだ。俺たちは田舎に住んでいるからよくは知らないけど、昔から一定数の人が罹病してしまう病気らしい。俺たちにも、
……国、賜術、罹病者は昔から一定数いるのに治療方法確立の目処は立たない……。
正直、分からないことだらけだ。彼らから見たら、僕の頭が悪いというのも間違いないのかも知れない。
「……うーん。ど、どうする? 君たちはあの洞窟から来たんだよね? あの洞窟は行き止まりだと思っていたけど、どこかに続いていたとは。す、すぐに帰るった方がいいのかな? それとも、少し体を休めていく?」
正直、僕の方から聞きたいこともあったが、大事な人が病気なのだ。なら早く帰してあげた方がいいと思ったのだが。
「いや、まだ帰れない。いま、賜学とやらは僕たちの国にはないって言ったろ? 流石におじさんたちをここには連れては来られない。だから、お願いだ、マディエス。あんたが、一緒に俺たちの国まで来てくれないか?」
……その考えはなかった。僕は生まれてからの14年間、この集落しか知らないんだ。確かに、罹病者を連れて来られないから研究できないのなら、こちらから出向けばいいのだ。
しかし、それは難しいかもしれない。
「……賜学があると言っておいてなんだけど、僕には病気の治療に関しての賜学の知識がない。集落の他の人に頼まなくてはならない。だけど、それには時間もかかるだろうし、許可が下りるかもわからない……」
「罹病者のおじさんとおばさんが、許可が下りるまで数日、数週間……その、命を保っていられるか、わからないんだろ?」
と、思ったのだが、どうやらそうでもないらしい。
「いいや、それは問題ないな。流石に1か月以上となると心配だが、数週間ほどなら、問題ない。そういえば、不治の病の症状について話してなかったな。症状の度合いは人それぞれだが、基本的には慢性的な虚弱と、賜術の負担に耐えられなくなるといった感じだな。ただ、どちらも一生付きまとうとなると、生存のための活動の危機ではあるんだ」
なんだ、そうなのか。不治の病などという仰々しい名前だから、てっきり重篤な病気なのかと思っていた。賜術の負荷というのはわからないけど、案外、即座に生命の危機につながる病気ではないらしい。それでも、生きるための活動が制限されるのは、やはり生物としては大きなリスクなのは間違いない。
「時間の猶予がまだあるなら、賜学の治療ができる人を外に向かわせられるよう、頼んでみるよ」
「! ありがとう……! 感謝する。」
ジェアルソールの顔色は一応元気そうだ。オリクレアの方は……。……? なにやら不思議そうな顔をしている。なんだろう。
「あなた、マディエス、っていうの?」
オリクレアが目を細めながら尋ねてきた。名前? そうだけど、何なのだろう。同じ名前の知り合いでもいるのだろうか? と、疑問に思っていると。
「ああ、それは俺も少し気になったんだ。なにか由来とかあるのか?」
今度は、ジェアルソールが尋ねてきた。なんなのだろう。
「いや、由来とかは知らないなぁ。僕の親が名付けた、ということは前にダルタさんに聞いたかな? でも、マディエスという名前に何かあるの? 知り合いと同じとか?」
「いや、そういうわけではないんだ。ただ、古書で読んだ話の中に、マディエスという名前の人物がでてきたんだ」
そうなのか。でも、僕の親がその本を読んだとも限らないし、たまたまだと思うけど。
「その本のマディエスはどんな人なの?」
「その本に書かれていたマディエスは、数百年前に実在した人物らしい。自身の信じる宗教を布教するために、様々な戦いに勝利した英雄。本には、自分の信念を貫き、他者を圧倒した英傑、みたいな崇拝に近い記述がされてたと思う。宗教の名前は何だったかな? ……リ……オリ……?」
「リヨス教。はぁ……」
オリクレアが代わりに答えた。やっぱりあきれた様子だ。
「あーそうそう、それだ。よく覚えてるな。お前もあの古書を読んでいたのか。……人が正しく進展すれば、終末に救世主が現れて救済される、みたいな教義だったのは覚えている」
不治の病についての話が一段落したためか、つい雑談をし始めてしまった。まあ、差し迫っていることは特にないし、かまわないのだろう。
しばらく、そんな風に過ごしていると。
「マディエス、いま戻ったぞ。誰と話しているんだ?」
家の入口から、ダルタさんが帰ってきたようだ。
「ああ、ダルタさん。この2人は――」
あれ? 何だろう。珍しい。ダルタさんがとても動揺しているように見えた。
「――――お前たち、どうやって集落に入ってきたんだ……?」
ダルタさんの重苦しい口調に、僕たちは会話を途切れさせた。
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