第1話「邂逅」

 俺たちの住む屋敷にはたくさんの古書がある。この屋敷は古いから、かなり昔から本が残され続けていた。そんなたくさんの古書の中から見つけた1冊には、こんなことが書いてあった。


『北山の洞窟に住む民族は、不治の病を癒す学を持つ』と。


 俺たちはこれから、それを信じて北山の洞窟に向かうのだ。



 *



 数年前、俺たちの育ての親のおじさんとおばさんは、体調を崩した。体調を崩すなんて珍しいが、そのうちよくなるだろうと初めは思っていた。


 しかし、何日、何週間と経っても症状は治まらず、平気だと言う2人を説得して医術会へ連れて行った。その結果、2人は医術では治せない病、すなわち不治の病に罹ったのだと診断されてしまった。


 2人は、双子で生まれ捨てられた俺と妹を匿い育ててくれた。治せない病だからと、簡単に諦められるわけがない。だから俺は、なにか不治の病を克服する術はないのかと、知識を、情報を得るために本をあさり続けた。


 その結果、『北山の洞窟に住む民族は、不治の病を癒す学を持つ』という情報を得た。正直、信ぴょう性は薄いとは思う。北の山に洞窟があるなんて、結構近くに住む俺たちも知らなかったし、そこに人が住んでるなんて信じられない。まして、現代の医術で治せない病を治せる民族なんているとしたら、社会に重用されないわけがない。


 田舎者の俺たちが知らないだけで、その民族は実は既に都市に進出していて、不治の病は不治ではなくなった、しかし田舎者は治療しない。

 ……なんてことは流石にないだろう。


「それでも洞窟には行ってみるんでしょ、兄さん?」


 妹のオリクレアに声をかけられる。

 ……双子に兄も妹もないようなものだと思っている俺からすると、普通にジェアルソール、と本名で呼んでほしい。それかジェアル。背丈も変わらないし、こいつは俺より優秀なんだから、恥ずかしい。

 ……それはまあ、いいとして。


「ああ。2人が心配だし長く留守にするのは無理だから、洞窟の民族が実在したら僥倖、しなかったらすぐに帰ってくればいい」


 俺たちはさっき屋敷を出発して、いま北の山へ向かっている。おじさんたちは心配していたと思うが、止めはしなかった。なんなら危ないかもしれないから行くなら2人で行くようにと言われた。おじさんたちも、そんなに期待はしていないのだろう。何もなくてすぐに帰ってくると思っていたのかもしれない。


 北の山は、歩いて半日もかからない距離にある。問題は、その洞窟とやらが山のどこにあるのか。そしてなにより、どの洞窟なのかが問題だ。洞窟が無ければそれでいい。いっぱいあったら最悪だ。


 そうこう考えているうちに、遠くに見える景色でしかなかった山は踏み込める距離にまで迫っていた。


 北山の東側は背の低い火山になっている。火山のほうはあまり木々が生えてはおらず、山肌が見える。見た限り洞窟があるようには見えない。植物が少ないなら、人が住めるとは思えない。ならば、注視すべきは西側か。あまり西に近づくと隣国があるので、なんとなく行きたくはないな。行ったことがないからこちらの国との境界がどうなっているのかなど全く知らないが。


「とりあえず、西に向かって歩いてみよう」


 オリクレアにそう言い、俺たちは歩いて行った。



 * 



 歩き始めてから数時間。今のところ、洞窟は一カ所もなかった。かなり辺境のため、建造物なんかもない。そのためどれくらい進んだのかはいまいちわかりにくい。あとどれくらい歩いたら隣国は見えてくるのだろうか。……最悪、既に侵入していて大変なことになったりしないだろうか。


 などと考えて嫌な汗をかき始めたとき。オリクレアに声をかけられた。


「兄さん、あそこ」


(……ん?)


 オリクレアが指で示す方を見てみる。そこは、北山のふもと。木々や岩に隠れて分かりにくいが、そこには、確かに暗闇が見えた。他所の山肌とは、陰影の抜け方が違う。


『北山の洞窟に住む民族は、不治の病を癒す学を持つ』


 少なくとも、北山にはひっそりと口を開ける洞窟がたしかにあったのだ。



 *



 そこそこ久しぶりに、この洞窟に入った。ここは僕たち密事権従者の隠れ家のような場所。表に出せない物的機密や情報を隠匿している。


 ……しかし、なぜなのか。そんな重要な場所に、なぜか奇抜な髪色をした子供2人が意識を失った状態で転がっているのだ。


 ここには基本僕と、密事権者であるダルタさんしか訪れない。しかし、ダルタさんには何も聞いていないし、かといって僕たち以外が入るような場所でもないはずなのだが。


 とても怪しい。とても怪しいのだが、僕は珍しく、命令にないことなのだけど、この2人を助けたいと思ってしまった。そこに転がっている、赤い髪の少年と、水色の髪の少女を。



 *



 2人を僕の家に運んでから数時間後。


「…………ん……?」


 赤髪の少年が目を覚ました。意識がはっきりしないようで、状況を理解しきれていないらしい。とりあえず、呼んでこよう。


 水色髪の少女は、一足先に目を覚ましたのだ。意識もはっきりしていたが、一応少年が目覚めてから一緒に話を聞いた方がいいかと思い、とりあえず体を洗い流し、着替えをもらうことにしていた。


「着替え終わったかな?一緒にいた少年が目を覚ましたから、話を聞かせてくれる?」


 扉をノックして声かける。すると、少女は中途半端にはだけた服装で飛び出してきた。落ち着いた様子だと思っていたが、心配はしていたのだろう。


「兄さん!」


 少女は上体を起こした少年に駆け寄った。そして、抱きつい――――たりはせず、ジトっとした目でこちらを見ながら、何やら耳打ちをし始めた。


「兄さん。どうやらここは、山の中みたい。北山の洞穴に民族が住んでいたのは本当だったみたい。……だけど、兄さん。不治の病を治す学、みたいのはなさそうだよ? だって、私たちを拾ったあの人、あたま悪そうじゃない……?」


 ……筒抜けだ。たしかにあたまは良くないだろうが、耳はそこそこいいのだ。そして、まだ大して関わってもいない子供に言われたくない。


 と、そこで少年の方も意識を完全に覚ましたようだ。少女からこちらに向きを変えて声をあげた。


「たっ助けてくれてありがとう! オリク……妹の言ってることは気にしないでくれ! とりあえず、あんたのことやこちらのことを話し合わないか!?」


 ……この少年もこの少年で、年上に敬語を使えないのか……。


 もしかして僕は、結構面倒なことに興味を持ってしまったのではないか……?

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