五十九 思わぬ提案

「ただいま」

「彩芽!」

 彩芽がドアを開けると同時に、日菜子ひなこが駆けてくる。

 その顔は青ざめていた。学校から届いた一斉メールを読んだらしい。

 彩芽は日菜子に事の次第を話した。脅迫状が学校に届いたこと。明日の卒業式は延期になったこと。明日は学校に来ないように言われたこと。

日菜子はうなずき、「とにかく、あなたが無事でよかったわ。お昼にしましょう」と胸をなで下ろした。

 昼ご飯はオムライスだった。


 昼ご飯を食べ終わった彩芽は、部屋でスマートフォンをいじっていた。

 すると、蘭からメッセージが届いた。

 通知をタップしてメッセージを確認すると、「今、通話をしてもいいかしら」とあった。

 「大丈夫だよ」と返信すると、すぐに電話がかかってきた。なぜか、グループ通話だった。

「もしもし? どうしたの、蘭ちゃん」

「明日、学校に行こうと思うの」

 思いがけぬ言葉だった。

 あまりの驚きに、彩芽は「ダメだよ!危ないよ!」と声を上げる。

「あの張り紙は、濁悪じょくあくだと思うわ」

彩芽の様子など意にも介さず、蘭は冷静だった。

——濁悪。夏休みのあの日、二人で調べた名前だった。

「なんで、そう思うの?」

「ちょっと待ってちょうだい。画像を共有するから」

 すぐに、スマートフォンに画像が表示された。

 見ると、張り紙と全く同じ文が書かれた画像があった。

「これって、掲示板のやつ!」

 彩芽は驚く。

「この画像、知らないメールアドレスから来ていて、間違って開いてしまったの」

「うん?」

「⋯⋯学校のメールアドレスに届いていたの」

 一瞬の沈黙の後、蘭は言葉を継いだ。

「えっ」

 学校のメールアドレスを知っているのは、同じクラスの生徒や教員くらいのものだ。それを知っているということは、内部の者である可能性が高い。

「でも、誰がやったの?」

「私は、天田あまたさんではないかと思っているわ」

 意外な名前が出てきた。無期限停学中の彼女が、なぜ。

千風ちかぜちゃん?」

「ええ。学校を辞めていても、こちらのメールアドレスさえ分かれば可能なことよ。それに、交流会での一件があるわ」

 彩芽は、一月にあった姉妹校交流会の時のことを思い出した。

 会場のホテルになぜか制服を着た千風がいて、何やら不穏な電話をしていたのだ。「彩芽、明日学校に行きましょう。もし濁悪が絡んでいるとしたら、私たちしか解決できないわ」

 優等生の蘭らしからぬ提案だった。

「でも、先生は来ちゃいけないって言ってたよ」

「そうだけれど、そんなことを言っている場合ではないわ。明日は十時に校門に集合しましょう。行き先を悟られないよう、制服は着てこないようにしてね」

 それだけ言うと、通話は切れた。

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