十九 真相

 駅前のカラオケボックス。やはり蘭は初めて来たようで、辺りを興味深そうに見回している。

「受付してくるね。部屋はどこでもいい?」

「ええ、任せるわ」

 蘭がうなずき、彩芽が受付端末へ向かう。彩芽はすぐに受付票を手に戻ってきた。

「十番の部屋だって。飲み物、飲み放題だから好きなの入れてね」

「ありがとう。君たちは、どれにするんだい?」

「私はメロンソーダにしよっかな。蘭ちゃんは?」

「⋯⋯この機械は、どう使えばいいのかしら」

 蘭はコップを手に、固まっていた。

「大丈夫、簡単だよ。まず、こっちの機械のここにコップを押し付けて、氷を出します」

 彩芽は製氷機の下部にコップを押し付ける。すると、ガラガラという音とともに氷が落ちてきた。蘭は音に驚いたのか、一瞬びくりと身体を震わせた。

「次に、ドリンクバーの機械の下にコップを置いて、飲みたい飲み物のボタンを押します」

 機械の駆動音とともに、コップはメロンソーダで満ちていく。

「そうして使うのね」

 蘭は合点したようにうなずく。そして彩芽にならい、オレンジジュースを注いだ。

「千風ちゃんは、どれにする?」

 彩芽が振り返ると、千風は既にマグカップを持っていた。

「何にしたの?」

「ココアだよ。好きなんだ」

「そうなんだ。部屋、行こっか」

「そうだね」

 十番の部屋は、受付から少し離れた角部屋だった。扉を開けると、エアコンの冷気が吹きつけてきた。

「さあ、最初に歌うのは誰だい?」

 千風がマルチタブレットを手に尋ねる。

「歌うのはあとでもいいかしら? わたくし、あなたに聞きたいことがあるの」

 蘭が平静を装って答える。

 彩芽は確信した。蘭はカンニングの話を切り出すつもりだ。


「僕に分かることなら、何でも答えるよ。何だい?」

 千風は気づいていないのか、平然と答えた。

「ありがとう。では、単刀直入に聞くわ。あなた、今日の五限目のテストでカンニングをしたわね?」

「⋯⋯えっ?」

 一拍おいて、千風は目を見開く。

「僕がそんなこと、するはずないだろう?」

「答えられることなら、何でも答えるのではなかったの? 私たちは見たわよ」

 少し動揺した様子の千風に、蘭が鋭い目を向けた。

 もしかしたら、自分の見間違いだったのではないか。彩芽がそう思った瞬間、千風がうなだれた。

「そうだよ。僕はカンニングをした。まさか見られているとはね」

 まるでセリフのようだった。

「何で⋯⋯こんなことしたの?」

 彩芽は震える声で尋ねる。

「⋯⋯⋯⋯君たちに、体裁だけを気にする両親を持った人間の気持ちは、分からないだろうね」

 千風の生い立ちは知らないが、とても生きづらい思いをしてきたことだけは、彩芽でも理解できた。

「あなたは、テストが終わってすぐに教室を出ていった。そして、帰ってきた時には息が上がっていた」

「それがどうしたんだい?」

「教室から出るということは、教室の外に用があるということ。教室の外での用事といえば、そうね⋯⋯お手洗いかしら。でも、仮にあなたがお手洗いに行っていたとすると、つじつまが合わない。お手洗いは、教室の近くにある。息が上がるような距離ではないはずよ」

「別の用事かもしれないじゃないか」

「いいえ、違うわ。あなたが席を外したのは、五分後のホームルームまでにカンニングペーパーを捨てて、教室に戻るためよ」

「その推理は、完璧とはいえないね。僕が証拠をトイレに流した可能性が否定できていないじゃないか」

「いいえ、確かにあなたはゴミ箱に捨てたわ」

「なぜだい?」

 千風は、どこか余裕そうに尋ねる。

「あなたが走っていった方向に、お手洗いはないもの」

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