十三 新入生合宿(五)
彩芽はひたすらに待った。まだ、紅緒が来ている気配はない。
より遠くへ隠れることも考えたが、彩芽が隠れている途中で雨が降り出した。足元を見ると、地面がぬかるんでいる。この状態で移動すると、足跡が残ってしまうだろう。それは、自分の居場所を
降りしきる雨のせいで、もともと少し冷えていた空気がさらに冷えた。彩芽は薄手のパジャマしか着ていないうえ、少し雨に濡れている。夜風が身にこたえた。
その時だった。
「見〜つけたぁ〜!」
紅緒が再び襲いかかってきた。
今度は慌てない。彩芽は隠れている間、祓魔具に弾を装填してあるのだから。
しかし、だからといって急所を狙うつもりはなかった。彩芽は、どうしても紅緒を殺すことに抵抗があったのだ。法に触れたくないという考えよりも、自分と同い年の少女を手にかけることへの拒絶感の方が強かった。
そのため、彩芽は手や祓魔具をメインに撃っていた。しかし、いかんせん紅緒の動きが速く、撃てども撃てども当たらない。
「どうしたのぉ!? 全然当たってないよぉ!」
紅緒の攻撃をかわしつつ銃を撃つのにも、限界があった。
このままでは弾切れするという時、彩芽はふと、紅緒の薙刀の動きに目を留めた。薙刀を突き出す度、わずかながら軌道がずれている。
「紅緒ちゃん」
「何〜? 質問なんて、ずいぶん余裕あるんだね〜!」
「⋯⋯実戦、苦手でしょ」
瞬間、紅緒の動きが止まった。
「だから、何〜?」
「軌道が毎回ブレてる。私には、怒りに任せて刃を振るってるようにしか見えないよ」
「えっ⋯⋯何、それ〜⋯⋯」
紅緒の手は震えていた。顔に浮かんだ、引きつった笑みが痛々しかった。
「祓魔具、収めてくれる? もうこれ以上、紅緒ちゃんを傷つけたくない」
優しくも、毅然とした口調だった。それに負けたのか、紅緒は無言で祓魔具を収めた。
「何で、こんなことしたの?」
彩芽は紅緒の目を見て尋ねる。
「⋯⋯あたしね、もうずっと家で一人ぼっちなんだ〜。最後に家族と喋ったのがいつかなんて、思い出せなくて〜」
紅緒の言葉は、独白のようだった。
「家族ですら無視するようなあたしに優しくしてくれたのは、蘭ちゃんだけだったの〜。蘭ちゃんは、あたしにとって心の支えなんだ〜。でも、彩芽ちゃんを見て、あたしを支えてくれてるものが奪われちゃう気がして⋯⋯ほんとに、ごめんね」
紅緒は最後の言葉を紡ぐと、頭を下げた。最後だけは、いつもの口調ではなかった。
「うん⋯⋯もう、いいんだよ」
気づけば空は晴れて、夜明けの赤と夜空の青が混ざり合っていた。
「⋯⋯マジックアワー、だね」
「何、それ〜?」
彩芽のつぶやきに、紅緒が質問を返す。
「夜が明けてすぐと、日が沈む直前にだけ見られる魔法だよ」
「そうなんだぁ。すっごい綺麗だねぇ」
「うん。ねぇ、紅緒ちゃん」
「なぁに?」
「この景色、ずっと覚えてようね。私たちだけの秘密だよ!」
「⋯⋯そうだね〜」
紅緒の横顔を、昇り始めた朝日が照らした。
「紅緒ちゃん、次どっち!?」
「あっち〜! 彩芽ちゃん、もっと速く走って〜! 起床時間に間に合うか、分かんないから〜!」
彩芽と紅緒は、夜明けの森を駆けていた。
マジックアワーを見ていたはいいが、自分たちは施設を抜け出してきているということを思い出したのだ。起床時間までに部屋に戻らないと、自分たちがいないと大騒ぎになってしまう。
走って走って、二人は何とかそれぞれの部屋にたどり着いた。
「じゃ、じゃあね、紅緒ちゃん⋯⋯」
「う、うん、それじゃ〜⋯⋯」
彩芽は部屋に戻る紅緒を見送り、その場で息が整うのを待った。
それにしても、イベントがてんこ盛りの夜だった。呼び出されたと思えば祓魔具を向けられ、紅緒の置かれている境遇を知り、最後にはマジックアワーを見た。
「私、絶対忘れらんないな」
彩芽はつぶやいた。
彩芽が部屋に戻ると、あと少しで起床時間だった。何とか間に合ったらしい。部屋を見回すと、蘭を含む三人は安らかな寝息をたてている。たった今、ルームメイトが戦いから戻ったとは夢にも思っていないだろう。
最後の朝食を食べた生徒たちは、部屋に戻って各々の荷物をまとめた。
「忘れ物ないー?」
「ないわ」
「多分ー」
「大丈夫ー!」
三人から返事が返ってきて、彩芽たちは部屋を出る。三日間使った部屋とも、これでお別れ。四人は
これから退所式へ向かう。
入所式と同じく、退所式も紅緒が司会を務めた。しかし、初日に感じた貞子のようなおどろおどろしい印象は感じなかった。
生徒たちの前には、どこか晴れやかな表情の少女がいた。彩芽には、まるで紅緒に取り
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