十二 新入生合宿(四)

 二人は夜の施設内をどんどん進んでいく。

 紅緒はどこまで行くつもりなのか、見当もつかなかった。

「ねぇ、紅緒ちゃん⋯⋯」

「何〜?」

 前を向いたまま、紅緒が答える。

「どこまで行くの? このへんって、もう玄関しかないけど⋯⋯」

「外に出るんだよ〜。ほら、行こ〜」

 少し先を歩いていた紅緒が玄関の鍵を開ける。

「えっ!? か、勝手に出たらヤバいんじゃない⋯⋯?」

「朝までに戻れば大丈夫だよ〜」

 彩芽は止めようとしたが、返ってきたのは先ほどと同じ言葉だった。何が紅緒をここまで突き動かすのか、彩芽には見当がつかなかった。

「⋯⋯そうだね」

「うん、行こっか〜」

 紅緒について、彩芽は外に出た。

 紅緒は施設からほど近い森へ向かっているらしい。彩芽の心臓は早鐘を打っていた。

「⋯⋯あっ、ここだよ〜」

 いつの間にか、森の中にあるひらけた場所に出ていた。

 辺りには生ぬるい風が吹いている。早く戻らないと、降られそうだ。

「ねぇ、ここに何があるの?」

 彩芽は辺りを見回す。辺りにあるのは木や岩ばかりで、人に見せたくなるようなものは見当たらない。

「まあまあ、いいから〜」

 そう言うと、紅緒は胸元のネックレスのトップを握りしめた。彩芽は、紅緒がここで変化へんげする意味が分からなかった。

 しかし、その行為の意味などすぐに考えられなくなった。彩芽がこれまでに見たことのあるものとは全く違う光景が広がっていたのだ。

 通常、祓魔師が変化する時は白い光に包まれる。紅緒を包んでいるのは、夜の闇に溶けていきそうなほど黒い光だった。それだけでも、これから起きるのが異様な出来事だということが手に取るように分かる。

 彩芽が息を飲んでいるうちに、光が止んだ。

 紅緒は黒ベースに蘇芳すおうの衣を身に纏っていた。

 和風である点は同じだが、彩芽たちとは雰囲気が全く違い、ゴシックロリータのような出で立ちだった。


「紅緒⋯⋯ちゃん⋯⋯?」

 彩はかすれた声で尋ねる。

「これ以上蘭ちゃんにベタベタするの、やめてくれる〜?」

「えっ⋯⋯」

 紅緒から発せられたのは、思わぬ言葉だった。

「昔ちょっと仲良かったからって、調子乗らないでね〜。言っとくけど、幼稚園までの彩芽ちゃんと違って、あたしは幼稚舎・初等科と一緒にいたんだよ〜?」

「なら、紅緒ちゃんも友達になろうよ。それでどうかな?」

 混乱で働かない頭を動かし、彩芽は答える。

 しかし、紅緒は露骨に深いため息をついた。

「⋯⋯何にも分かってないみたいだから、言うね〜。あたしは蘭ちゃんと二人がいいの〜! そのために彩芽ちゃんは、いらな〜い。だから⋯⋯消えてくれる〜?」

 言うなり、紅緒はいつの間にか顕現させていた薙刀なぎなたを振りかざした。

 彩芽は祓魔具を顕現させていなかったため、よけた。間一髪だった。

 しかし、紅緒はめげずに襲いかかってくる。

 このままではやられると判断した彩芽は、どこかに隠れて祓魔具を顕現させることにした。

 幸いにして、ここは森の中。彩芽が身を隠せそうなほど太い木が辺り一面に生えている。彩芽は紅緒から遠く離れた木の陰に身を隠した。

 彩芽は、まず祓魔具を顕現することにした。祓魔具は、手のひらの皮膚をつまむような動作をし、そこから祓魔具を引っ張り出すことで顕現できる。彩芽の手のひらには、二十六年式拳銃──リボルバー銃があった。無事に顕現できた。銃に魔力を込め、弾倉に弾を装填する。ひとまず、これで襲われても対処できるだろう。

 身の安全を確保したところで、次にすべきことは戦況の分析だった。自分が置かれている状況は理解できているが、予想だにしていなかった状況のため、未だに信じられない。

 彩芽は追い詰められている。そして、今も紅緒は自分を探している。遠くへ逃げたとはいえ、恐らく紅緒は先ほど自分たちがいた付近からしらみつぶしに探しているだろう。彩芽のもとへたどり着くまで時間はかかるだろうが、いずれは見つかってしまう。

 しかし、出ていくのはもっと危険。彩芽が出ていけば、それを好機として叩いてくるだろう。こうなると、彩芽はいわゆる「袋のネズミ」になってしまう。

 これは、かくれんぼだ。鬼を待ちかねて出ていった方が負ける。ならば、鬼が自分を見つけるまで待とう。

 彩芽はそう決意した。

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