十五 ジプシー

 放課後、彩芽は蘭と試験勉強をしようと図書館へ向かった。

「暑いね⋯⋯」

「ええ、本当に⋯⋯」

 暑さに耐えて、二人は図書館にたどり着いた。

「やっと涼しいとこに入れる〜⋯⋯」

 二人は吸い込まれるように図書館に入った。

「あれ?」

「ここも、暑いわね⋯⋯」

 しかし、当ては外れた。図書館に入れば外のムシムシと不快な暑さから解放されるかと思いきや、なぜか図書館の中も蒸し暑い。

 不思議に思った二人が奥へ向かうと、図書館の机という机が、自習する生徒で埋めつくされていた。

 中には、柱にもたれかかって単語帳をめくっている生徒すらいる。この蒸し暑さは、あまりに人が多すぎて、エアコンが追いついていないせいらしい。

「座れそうにないし、出よっか」

「そうね」

 二人は図書館を諦め、すごすごと退散した。

「どうしよっか?」

「まだ諦めるのは早いわ。自習室に行きましょう」

「そうだね」

 胡蝶館女学校は祓魔師を育てるための学校だが、祓魔師になるための勉強だけではなく、一般的な中学で習う科目も勉強する。どちらの勉強にも力を入れているため、校内には自習室が複数ある。

 二人は校内にある全ての自習室を回ったが、どこも結果は図書館と同じだった。涼しいところで勉強したいのは、皆同じ。考えることも皆同じだ。彩芽は、自分がジプシーになったような気がした。

「うーん、全滅かぁ⋯⋯どうしよう?」

「⋯⋯わたくしの家で勉強するのはどうかしら」

「えっ、いいの?」

 突然の提案に、彩芽は驚く。

「構わないわ」

「ありがとう! お邪魔させてもらうね」

「ええ、霧島に連絡を──」

 蘭がスマホを取り出したその時、ガタンと大きな音がした。

「何!?」

 彩芽が驚き、音のした方向を見る。蘭も少し遅れて、同じ方向へ目を向けた。

 部屋のほぼ中心という目立つ位置に、紅緒が立っていた。彼女は呆然と立ちつくしており、周囲から注がれる視線には全く気がついていない。

「ら、蘭ちゃ〜ん⋯⋯」

 その目が蘭を見据えたと思うや否や、勉強道具も置いたままこちらに近づいてきた。

「彩芽ちゃんだけ、ずる〜い! 蘭ちゃんのおうちなら、あたしだって行きたいのに〜!」

「⋯⋯あなたも来て構わないわよ」

 根負けしたのか、蘭は呆れたように答えた。

「やった〜! 蘭ちゃん大好き〜!」

「それはいいから、荷物をまとめていらっしゃい」

 蘭に抱きつこうとする紅緒をあしらうように、置いたままの荷物を指さした。

「は〜い!」

 紅緒は小走りで元いた席に戻る。今にも羽が生えて飛んでいきそうなほど、浮き足立っているのが分かった。

「では、行きましょうか」

「うん」

 三人は自習室を出て行った。

 彩芽は出て行く時に、小声で「お騒がせしました〜⋯⋯」と謝った。周囲からの視線が痛かった。

 校門を出ると、入学式の日に正門前に停まっていたあの高級車が待っていた。

「乗ってちょうだい」

 楽しい勉強会の始まりだ。

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