二十五 いざ、京都!

「彩芽、失礼のないようにするのよ」

「分かってるよ~。それもう五回目だよ」

 京都行きの新幹線の中、母は彩芽に何度も言い聞かせた。まるで、彩芽が聞き分けのない子供かのようだった。

「そうだよ、母さん。彩芽は、失礼なことなんてする子じゃないだろう?」

 父が口を挟む。

「そうだけど⋯⋯やっぱり心配なのよ」

 九条家が乗る新幹線は、先ほど新横浜を出発した。新幹線が東京駅を発車してから、もう二十分近くたっている。父は買った駅弁に手をつけようとしている。彩芽も、つられて割り箸を割った。しかし、母はそわそわして、いっこうに駅弁を食べる気配がない。

「まあまあ、お母さん。今からくよくよしたって仕方ないよ。なるようになるって!」

 彩芽は駅弁の蓋を開け、箸でシューマイをつかむ。

「そうそう。腹が減っては戦はできぬ、って言うだろ? 今は腹ごしらえをする時なんだよ」

 父は米を頬張っている。

「まったく⋯⋯でも、そうね。二人の言う通りだわ」

 母は呆れつつ、サンドイッチの箱を開ける。

 九条家のランチタイムが始まった。


 京都駅の中央改札を出ると、そこには立派な高級車が停まっていた。

 彩芽たちに気づいたらしく、運転手が降りてくる。霧島きりしまより一回りほど若そうな男性だった。

「九条家の皆様、おはようございます。わたくし、運転手の安曇あずみと申します。本日は、旦那様の命によりお迎えに上がりました。お荷物は、こちらでお預かりいたします」

 安曇は車のトランクを開けると、スーツケースを積み込む。その所作は、扉を閉める瞬間まで全てが美しかった。

「これから、どこに行くんですか?」

 車に乗り込んだ彩芽が尋ねる。

「これより、東山ひがしやまにございます本邸へと皆様をお連れいたします。旦那様や奥様、蘭様は、皆様のご到着を心待ちにしていらっしゃるようでしたよ」

「そうなんですね」

「はい。さて皆様、出発してもよろしいでしょうか」

「は、はい。お願いします」

 父は緊張で固まってしまっている。彩芽は以前にも北大路家の車に乗っているため、さほど緊張はしていなかった。

「ここから本邸までは、どのくらいかかりますか?」

 母が尋ねる。

 安曇はハンドルを握りながら「十分ほどでございます」と答えた。

 あと十分で、着く。あと十分で、蘭に会える。

 彩芽は内心、とてもワクワクしていた。

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