二十六 知らなかった一面

「皆様、長旅お疲れ様でした。到着いたしました」

 安曇が声をかけ、ドアを開ける。ドアを降りたところには、スーツケースが置かれていた。

 彩芽がスーツケースに手をかけると「お荷物は、わたくしがお持ちいたします」と安曇。

「えっ、そんな。申し訳ないです」

 母は断った。

「皆様のお世話は、わたくしどもの務めでございます。滞在中は、何なりとお申しつけください」

 安曇はにこやかに返す。

「じゃあ⋯⋯お願いします」

「かしこまりました。お部屋までご案内いたします」

 安曇はスーツケースに手をかけ、先頭に立って歩き出した。

 京都の本邸は、東京の別邸とは比べ物にならないほど広かった。勉強会の時に行った別邸は、玄関まで三分ほどかかった。しかし、こちらはその三倍は歩いているように感じる。

 まだ着かないのか、と思った頃、ようやく玄関が見えた。

 安曇がすりガラスの引き戸を開き、彩芽たちを通す。

 彩芽は、言葉が出なかった。玄関は、東京の別邸よりも遥かに広かった。

 安曇が扉を閉める音で、彩芽は我に返った。慌てて靴を脱ぐ。

 全員が靴を脱ぐのを見届け、「お部屋はこちらです」安曇が先導する。

 案内された部屋は、高級旅館のような部屋だった。

 両親は落ち着かないらしく、そわそわしている。

「あ、彩芽。ご挨拶に行きましょう」

 荷物を置くと、三人はすぐさま部屋を出た。


 会場となる広間へ行くと、そこには蘭と、両親らしき男女がいた。

 男はメガネをかけた寡黙そうな人で、女は質の良い着物に身を包んだ、おしとやかそうな人だった。

「蘭ちゃん!」

「来てくれてありがとう。無事に着けたのね」

「うん。お招きありがとう!」

「今日は楽しんでちょうだい」

「ありがとう。あの人って蘭ちゃんのお母さん? すっごく綺麗な人だね」

「⋯⋯そうよ。ありがとう」

 蘭は浮かない顔をしている。気になったが、彩芽は聞かないことにした。

ゆかりちゃん! 久しぶり!」

「久しぶり。日菜子ひなこも、元気そうで良かったわ」

 彩芽は目を剥いた。自分の母が、本家当主の妻に馴れ馴れしく接しているからだ。

「お、お母さん!? 馴れ馴れしいよ! すみません! うちの母がすみません!」

 彩芽は慌てて、母の無礼を謝った。

「いいのよ。日菜子、彩芽ちゃんに話していないのね」

 紫が微笑む。

「えっ?」

 彩芽は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。

「わたくしとあなたのお母さんは、学生時代からの友人なの」

「ええっ!?」

 再び驚く彩芽。

「夫の椿つばきさんと、桂一けいいちさんも、わたくしたちがきっかけで出会ったのよ」

「へぇー⋯⋯」

 彩芽は信じられなかった。自分の両親が、北大路家の当主夫妻と友人だったとは。

「桂一も、変わりなさそうで何よりだ」

「椿こそ、無理してないか? お前はいつも目を離すと無理ばっかりするからな」

 別の方向へ目を向けると、当主と父が和やかに会話していた。二人が友人同士というのは、どうやら本当らしい。

 彩芽は、両親の新しい一面を見た気がした。

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