八 お買い物(三)

「お待たせ!」

 彩芽はハンバーガーショップのトレーをテーブルに置く。

 ランチタイムのピークは過ぎているが、フードコートにはまだ客が多くいた。

「食べましょうか」

「うん」

 蘭はハンバーガーの包みを開け、小さな口でかぶりつく。

「美味しい?」

 彩芽が尋ねる。

「⋯⋯ええ。初めて食べたけれど、悪くないわ」

「えっ、そうなの!?」

 彩芽は目を見開いた。蘭がお嬢様だということを、改めて実感した。

「そうだけれど⋯⋯それより、さっき言っていた『そんなこと』というのは何だったの?」

 唐突に話題が変わった。

「あっ、あれ? 私、蘭ちゃんに何かしちゃったかと思ってて。蘭ちゃん、何か思いつめたみたいな表情してたから。そこでご飯食べに行こうって言われたから、力抜けちゃってさ⋯⋯」

 彩芽は苦笑する。

「あなたは何もしていないわ。⋯⋯友達なのだから、気にする必要ないのに」

 小さな声だった。しかし、確実に『友達』と言っていた。

「⋯⋯うん。あ、そうだ。蘭ちゃん」

「何かしら」

「私のこと⋯⋯彩芽って呼んでほしいな。ほら、友達なのに『あなた』だと、なんか他人行儀な気がして⋯⋯」

 なぜだか恥ずかしくなって、最後は早口かつ言い訳を並べるような調子になってしまった。

 蘭は少し黙り込んでいたが、やがて微笑み「分かったわ⋯⋯彩芽」とつぶやいた。


「この後はどうするの?」

昼食を食べ終えた蘭は尋ねた。

「ちょっと行きたいとこ、あるんだ。一緒に来てくれる?」

「ええ」

 蘭はうなずき、彩芽について行く。

 フードコートから少し歩き、二人は駄菓子屋にたどり着いた。

「ここは?」

「駄菓子屋さん! 蘭ちゃんに見てほしくて」

 彩芽に続き、蘭も店に入る。

 店内にはいくつもの棚が壁に据えつけてあり、その全てに様々な駄菓子が所狭しと並べられていた。

「ここが噂に聞く駄菓子屋⋯⋯」

 蘭は棚をまじまじと見ながら、つぶやく。彼女は駄菓子屋も初めてだったようで、その目はどこかキラキラと輝いているように見えた。

「あ、蘭ちゃん。これ」

 後ろから彩芽が声をかけ、カゴを手渡す。それは最初に行った服屋のものと違い、駄菓子を入れるためだけの小さなものだった。

「これは⋯⋯」

「カゴだよ。欲しいのあったらどんどん入れちゃって!」

「でも、たくさん買えばそれだけ高くなるでしょう? お金は⋯⋯」

 蘭は不安そうに辺りを見る。

 彩芽はニヤリと笑って「値札、よーく見てみて?」近くの商品を指さす。

「値札? ⋯⋯あっ」

 蘭は値札に目をやり、彩芽の言おうとすることに気づいたらしい。

 彩芽の指先には、「ココアシガレット 30円」という値札があった。

 蘭はすかさず他の値札にも目を走らせる。ほとんどの商品に百円未満の値がつけられていた。

「そういうことね」

「そう! 値段が安いから、いっぱい買っても大丈夫ってこと!」

「こんなお店があるのね。あなた⋯⋯彩芽のおすすめは何かしら?」

「ここの棚だと、これかな」

 彩芽はいくつか駄菓子を取り、蘭に見せる。そこには、うまい棒コーンポタージュ味・ヤングドーナツ・クッピーラムネがあった。

「ありがとう。では、これを買うわ」

 彩芽の手から駄菓子を取り、カゴに入れる。その手には、慈しむような優しさがあった。

「あとはどうする?」

 彩芽が尋ねる。

「もっと探してみるわ。さっきは見ているだけだったから」

 蘭は他の棚へと向かった。彩芽もついて行く。

 全ての棚を見終わると、二人のカゴは駄菓子が山盛りになっていた。

「じゃあ、お金払おっか」

二人はレジに並ぶ。こちらはそれほど混んでおらず、すぐに順番が回ってきた。

「以上十五点で、お会計四五〇円でございます」

 彩芽は五百円玉を一枚出し、お釣りをもらった。

「ありがとうございましたー」

 彩芽が蘭を待っていると、すぐに蘭が来た。

「すごいわ。あれだけ買ったのにお会計が五百円もしないなんて!」

 蘭は笑う。

「ねっ、言ったでしょ? あっ、あそこで食べようよ」

 彩芽はベンチを指さし、二人で歩いていく。

 二人はベンチに腰かけ、駄菓子屋のビニール袋を探る。

 彩芽はチロルチョコを、蘭はクッピーラムネを取り出し、封を開けて口に放り込んだ。

「⋯⋯どう?」

 彩芽はチロルチョコを口の中で転がしながら尋ねる。

「美味しい⋯⋯。口の中でサアッと溶けていく感じがいいわ」

「良かったー!」

 二人は駄菓子を食べながら語り合った。ショッピングモールから帰る頃には、袋の中身がすっかりなくなっていた。

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