二十二 調査(二)

 次の日の朝。彩芽は校門の前で蘭を待っていた。

「遅れてごめんなさい。待たせてしまったかしら」

 蘭は車から降り、彩芽のもとへ駆け寄る。

「ううん、大丈夫。行こっか!」

 二人の目的は、今日も図書館である。今日は昨日と違って講習会がないため、一日調査に費やせる。二人とも今日は予定がないため、絶好のチャンスだ。

「さて、やりますか」

「ええ。昨日調べられなかった本から調べましょう」

 二人は調査を再開した。昨日調べられなかった本を、次々と開く。

 昼頃には、各々の担当箇所を調べ終わった。

「終わった〜!」

 彩芽は大きく伸びをした。

「交代しましょう。彩芽は棚の下半分を調べて」

「まだやるの!?」

 淡々と告げる蘭に、彩芽は驚く。

「ええ。見落としがあるかもしれないから、二つの目で確認するわ。その方が確実でしょう?」

「確かに⋯⋯。うん、やろう」

 彩芽は納得し、棚の下半分から本を引っ張り出した。

 その日の調査は昼過ぎに終わった。

 結果として、どの本にも「濁悪」という言葉どころか、濁悪のじの字すら見つけられなかった。


また別の日。その日は夏季講習会の最終日で、午前中で下校する日だった。

 四限終わりのチャイムと同時に、教室がざわめき始める。生徒は皆、ようやく訪れた夏休みに心を奪われているようだった。

「蘭ちゃん、この後予定ある?」

 彩芽は、席を立とうとする蘭に声をかけた。

「ないけれど、どうしたの」

「濁悪のこと、先生に聞いてみようと思って。昔からいる先生なら知ってるかなって」

「そうね。昔からいらっしゃる先生⋯⋯校長先生なんてどうかしら」

「そうだね。校長室、行ってみよっか!」

「ええ」

 二人は教室を出た。

 胡蝶館女学校の校長室は、職員室と隣り合っている。二階にあるため、雪組の教室からも訪ねやすい。

「⋯⋯着いたね」

「ええ。入りましょう」

 彩芽は小学生の時から、校長室に敷居の高さを感じていた。校長室というものは、扉からして他の教室とは雰囲気が違うからだ。

 生唾を飲み込む彩芽の隣で、蘭は何食わぬ顔で扉をノックした。

「お入りください」

 中から返事がした。

「失礼いたします」

「あら、可愛いお客さんね」

 奥にある大きなデスクの向こうに、校長──加賀美かがみ撫子なでしこはいた。彼女は髪をひっつめにして、仕立てのよさそうなアンサンブルに身を包んでいた。

「突然すみません。一年雪組の北大路蘭です」

「く、九条彩芽です」

「北大路さんに、九条さんね。今日はどうしたの?」

「校長先生に、聞きたいことがあります」

「何かしら? 何でも聞いてちょうだい」

 加賀美校長は、にこやかに答えた。

「ありがとうございます。先生は、濁悪という名前をご存知ですか」

 蘭がその名を出した途端、校長の顔が引きつった。

「先生⋯⋯?」

 彩芽は恐る恐る尋ねる。

「あぁ、何でもないわ。気にしないでちょうだいね」

 彼女の表情はすぐに戻った。

「さぁ、二人とも。そろそろ帰る時間ですよ」

「あ⋯⋯」

 彩芽は壁にかかった時計を見る。時計は一時三十五分を指していた。

 彩芽は朝のホームルームで、担任の藤宮教諭が言っていたことを思い出した。今日は二時から職員会議があるため、それまでに全員下校しなければならない、と。

「⋯⋯お忙しいところ、すみませんでした。失礼します。彩芽」

「う、うん」

 蘭が加賀美校長に頭を下げ、彩芽を促す。もう話を聞くことはできないようだ。

 二人は渋々、下校した。

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