学年末試験編

五十四 答案紛失事件

 二月。今は学年末試験も終わり、あとは春休みを待つのみだ。

 学年末試験までは慌ただしく日々が過ぎていたが、今は穏やかな時間が流れていた。

 一月よりも冷え込みが厳しくなり、生徒たちの防寒対策はさらに強固なものとなっている。

「おはよう」

 彩芽は教室に入り、クラスメイトに挨拶をする。

 しかし、返事はなかった。なぜか、皆ざわざわと落ち着いていない。

(どうしたんだろう⋯⋯?)

 ひとまず、自分の席に座って朝の準備をすることにした。

 彩芽がカバンを置くと、ようやく近くの席の生徒が気づいたらしい。挨拶をしてきた。

「彩芽、おはよう」

「おはよう。みんな、どうしたの?」

「あれ? 知らない?」

 生徒は首をかしげる。彩芽には、何のことか全く分からなかった。

「うん⋯⋯何かあったの?」

「英語の青井あおい先生、いるじゃん? 先生がさ、こないだのテストの答案、うちのクラスの分だけなくしちゃったんだって」

「えーっ!?」

 信じられなかった。どこか抜けているところのある彼女だったが、そこまでのことをしでかすとは。

 しかも、一年の英語教員は彼女しかいない。そのため、全ての答案は彼女の手元にあった。

「あっ、先生来たよ!」

 誰かが声を上げ、皆慌てて各々の席に戻る。

 全員が席についてすぐ、藤宮教諭が入ってきた。

「皆さん、おはようございます。皆さんはもう知っているかもしれませんが、このクラスの学年末試験の答案がなくなりました」

 皆、驚きはしなかった。藤宮教諭が、今日この場でこの話をすることは分かっていた。

「私たち教員は、発覚してすぐに答案を探し始めました。今も探しているので、心当たりがある人は伝えてください。どんな些細なことでも構いません」

 余裕のない様子が、声から伝わってきた。

 藤宮教諭が答案をなくしたわけではない。しかし、彼女は必死だった。

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