京都本邸編

二十四 旅行は突然に

 毎日、うだるような暑さが続いている。打ち水の水を頭から浴びたいと思ったことも、一度や二度ではない。

 夏季講習会がようやく終わり、九条家には待ちに待った夏休みがやって来ていた。

 彩芽は、この夏にしたいことをいくつも考えていた。プール、夏祭り、花火⋯⋯彩芽の心は、すっかり夏休みに奪われていた。

 しかし、現実とは非情なものである。楽しい夏休みに、彩芽は宿題を片付けていた。ようやく始まった夏休みであるにもかかわらず、まだどこにも出かけていない。

「どっか行きたいなぁ⋯⋯」

 彩芽はつぶやき、宿題の丸つけをする。

 赤ボールペンのペン先を戻した彩芽は、台所にアイスクリームを食べに行くことにした。

 階段を降りていくと、何やら話し声が聞こえる。その声は、父と母のものに感じられた。

 部屋に入ると、やはりそこには両親がいた。

 彩芽は冷凍庫から棒アイスを取り出す。冷凍庫から漂う冷気が、肌に心地よかった。

 アイスクリームの袋を開けつつ、リビングへ向かうと、両親が何やらニコニコしている。

「彩芽にいいニュースがあるよ」

 父が切り出す。その顔には、嬉しいことがあった、と書いてあった。

「えっ、何?」

 彩芽は見当がつかなかった。

「京都旅行が決まりました〜!」

「えーっ、なんで!? なんで急に?」

「北大路家の交流会に招かれたんだよ。うちも是非にと言ってくださったんだ。場所は京都の本邸だから、京都旅行ってことだよ」

「へぇ〜。交流会って、いつなの?」

「今週の金曜だよ」

 父は平然と言ってのけた。

「えっ、今日火曜だよ!? 三日後ってこと!?」

「うん、あと二日で準備して出発になるかな」

 あまりに急な話だ。

「京都行くってことは、新幹線乗るよね? 席、予約取れるの?」

 今は八月の初め。夏休みシーズンというだけあって、旅行で新幹線に乗る人は多い。

「グリーン車の指定席券を三人分、くださったよ。ほら」

 父はテーブルの上にある封筒を手に取り、中身を出した。そこには「新幹線特急券・グリーン券 東京→京都」と書かれた券が三枚あった。

「じゃあ、あとはうちが京都に行くだけってことかぁ⋯⋯」

「そういうことよ。彩芽も、行くわよね?」

「うん! 夏休み入ってどこも行ってなかったし!」

「それじゃあ、旅行の準備をしましょう。本邸にお招きいただくんだから、失礼のないような服を用意しないとね」

「そうだね!」

 彩芽はうなずいた。


 彩芽のスマートフォンから、通知音が鳴った。

 通知はメッセージアプリのもので、送り主は蘭だった。

「蘭ちゃんだ」

 メッセージを確認すると、そこには「お父様たちが、彩芽のご家族をうちの交流会に招待したわ。突然のご招待で、ごめんなさい。都合が悪ければ、断ってくれて構わないわ」とあった。

 彩芽は「そんなの、全然気にしてないよ! お招きありがとう。家族で行くね」と返す。

 少し間が空いて、画面に「ありがとう。新幹線の切符は届いたかしら? 今日そちらに届く予定なのだけれど⋯⋯」と表示された。

 彩芽はさらに「うん、届いてたよ。金曜日、楽しみにしてるね」と返信した。

 待ちに待った夏休みの幕開けだ。

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