三十六 追跡

 一年雪組の生徒たちは不安を抱えたまま、各々の弁当箱を開けた。

 普段ならば、ランチタイムはおしゃべりの声があちこちから聞こえている。

 しかし、今日は違っている。皆、一言も口を聞かずに黙々と弁当を口に詰め込んでいる。まるで、食事が食事ではなく、栄養を補給するという作業に成り下がってしまったかのようだった。祓魔師自分たちにとって最も重要なものがなくなるという大事件が起きた直後なのだから、無理もない。

 彩芽も、母の作った弁当が味気なく感じた。今日は体育祭ということで、彩芽の好きな物ばかりを入れてくれていた。しかし、大好きな玉子焼きも唐揚げも、砂を噛んでいるように味がしなかった。

 中にはためらいがちに口を開こうとする生徒がいたが、全員が何とも言えない表情で再び栄養補給を再開した。その様子は、声の出し方を忘れてしまったかのように見えた。

 そうこうしているうちに、全員が弁当を食べ終わってしまった。最後まで誰も口を開くことのない、地獄のようなランチタイムが終わった。


 弁当の片付けをしている最中のことだった。

(⋯⋯ん?)

 彩芽は何かの気配を感じ取った。

 いい気配ではなく、空気が淀むような重苦しいものだった。

「ごめん、ちょっとトイレ!」

 彩芽はクラスの集団を離れ、駆け出した。

「えっ、ちょっと!? 彩芽!?」

 クラスメイトの声など、聞いている余裕はなかった。

 彩芽は階段へと向かう。彩芽の感覚だと、気配は上の方からしている。とにかく上を目指す必要があった。

 階段を一段飛ばしで駆け上がっていく。すぐに三階に着いた。

 一度立ち止まって、辺りを見回す。周囲に怪しいものはない。強いて言うなら、嫌な気配が強くなった程度だ。

(違う、ここじゃない!)

 そう確信した彩芽は、さらに階段を駆け上がる。

 四階に着いた。嫌な気配は三階よりも強くなっているように感じた。

 胡蝶館女学校の校舎は四階建てなので、ここが最上階となる。しかし、四階にも、怪しいものはなかった。

(ここより上は⋯⋯屋上!)

 彩芽はそう直感し、屋上へ通じる扉を勢いよく開く。幸か不幸か、鍵は開いていた。

 屋上へ通じる階段には、嫌な気配が充満していた。一段上るごとに、気配が強くなっていくのが分かる。息をするのも苦しいほどだ。彩芽には、まるで黒煙で満ちた火災現場に取り残されたように感じられた。

(やっぱり、犯人は⋯⋯屋上にいるんだ⋯⋯!)

 彩芽は嫌な気配に押し潰されそうになりながら、何とか階段を上がっていった。

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