二十九 蘭の過去
その夜、彩芽たちは花火をしていた。
彩芽が花火に火をつけようとすると、「彩芽」蘭が話しかけてきた。
「何?」
「少し、いいかしら⋯⋯話したいことがあるの」
「え? うん、いいけど」
「場所を変えましょう」
蘭は皆から離れた方向へと歩いていき、縁側の隅に座った。
「どうしたの?」
彩芽は蘭の隣に腰かけ、尋ねる。
蘭が話したいことは、薄々見当がついていた。しかし、それを口に出す勇気は彩芽にはなかった。
「⋯⋯お母様のことで、謝りたくて。彩芽、気分の悪いものを見せてしまって、本当にごめんなさい」
「えっ、蘭ちゃんが謝ることじゃないよ。蘭ちゃん、何も悪くないじゃん」
「あの人は、家のことしか考えていないの。お姉様がいれば、こんなことにはならなかったのに」
その声は平坦で、感情が感じられなかった。
「お姉さんって、もしかして⋯⋯」
「ええ、菫お姉様よ⋯⋯もう亡くなっているけれど」
彩芽は、何も言えなかった。何と返せばいいのか、分からなかった。
「⋯⋯お姉様は、とても優秀な祓魔師だった。わたくしやお母様なんて、目じゃないくらい。なのに才能を鼻にかけず、わたくしや周りの人たちにも優しかった。完璧な人だったわ」
「そう⋯⋯なんだ」
「お姉様が亡くなったのは、わたくしが十歳の時だった。十三歳だったお姉様は、友人が任務中に亡くなったことで、自ら命を絶ってしまったの」
「えっ⋯⋯」
それは、彩芽が思うよりもはるかに壮絶なものだった。
「変わり果てたお姉様を最初に見つけたのは、わたくしだった。それからどうなったかは、もう覚えていないの。気がついたら、お姉様は骨になっていたわ」
「⋯⋯」
「お母様は、それから人が変わってしまった。わたくしが唯一の跡取りになって、狂ったように鍛錬をさせるようになったわ」
「あれは、そういうことだったんだ⋯⋯」
全てが腑に落ちた。紫の言動は、北大路家のためだったのだ。
「わたくしは、お母様の期待に応えようと懸命に努力した。けれど、わたくしは期待を裏切った。お姉様のようにはなれなかったの」
「今でも十分強いのに⋯⋯やりすぎだよ」
彩芽は泣き出したい気分だった。
「わたくしが十一歳になった頃、お母様はわたくしを東京の別邸に行かせたわ。せめてもの情けで、霧島だけは連れて行けたけれど」
「⋯⋯」
「お母様は、わたくしにお姉様と同等の才能はないと悟ったのでしょうね」
明かり一つない暗闇の中、蘭は最後まで淡々と話し続けた。その様子は、あまりに痛々しかった。
光の届かぬこの場所とは対照的に、遠くで子供がはしゃいでいた。
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