四十二 動向

 二人がしばらく向かいの席に気を配っていると、彼女はスマートフォンをバッグから取り出した。

(何してるんだろう?)

 すると、彼女はスマートフォンを問題用紙にかざした。その直後、シャッター音が鳴った。写真を撮ったらしい。

 彩芽はこっそりと、スマートフォンで動画の撮影を始めた。撮影を開始すると音が鳴るため、スピーカーを指でふさいだ。

 彼女はたった今撮った紙を横にどけると、次の紙を撮影し始めた。

 残った紙の束を全て撮影し終えた後、彼女はスマートフォンを触り始める。手の動きからして、何かをフリック入力で打ち込んでいるように見えた。画面の端の方をタップすると、また何かを打ち込み始める。テーブルには彼女が注文したらしき飲み物とケーキが置いてあるが、目もくれない。

 彩芽はここで、彼女が撮った写真をSNSに投稿している可能性に行き当たった。スマートフォンを持つ手に汗が滲む。彩芽はスマートフォンを落とすまいと、手に力を込めた。

 全て投稿が終わったらしく、彼女はスマートフォンをバッグにしまう。

 彩芽は慌てて撮影を終わらせ、テーブルに向き直った。

 次に彩芽が彼女を見ると、何事もなかったかのように注文したケーキを食べていた。

「蘭ちゃん」

 彩芽はつぶやく。

「何かしら」

 蘭がささやく。

「今の見た?」

「ええ、見たわ」

 二人はささやき声で会話をする。

「やっぱり、あの人が犯人だよね?」

「その可能性が高いと思うわ」

 その時、彼女が動いた。二人は彼女を見やる。

 テーブルの上にあった飲み物とケーキは全てなくなっていた。彼女はスマートフォンのスリープモードを解除すると、目を見開く。

 慌ててコートを羽織り、バッグを引っつかむと風のように去っていった。急いでいるらしく、食器の返却もしないままだった。テーブルには、トレイに載ったコップ、皿、フォークが置き忘れられていた。

「何か⋯⋯勉強どころじゃなくなっちゃったね。行こっか」

「ええ⋯⋯」

 二人は勉強道具を片付け、帰り支度をする。

「あれ?」

 彩芽が向かいの席の床に目を向ける。

「何かしら」

「あそこ、何か落ちてる。ちょっと見てくるね」

 彩芽はしゃがみ込み、落ちているものを拾い上げる。

「えっ」

「彩芽、どうかしたの?」

「これ⋯⋯」

「何⋯⋯えっ」

 持っているものを手渡すと、蘭の表情が変わった。

 それは、胡蝶館女学校の生徒証だった。彩芽たちが通う中等科ではなく、高等科のものだった。名前は「白雪しらゆき美希みき」とあった。

「これ、先生に渡した方がいいよね」

「そうね。これは、彩芽が持っていてちょうだい」

「分かった。明日、先生に渡しとくね」

 食器を返却し、彩芽は蘭と別れて電車に乗った。

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