六 お買い物(一)

 ゴールデンウィーク前の昼休み。雪組の教室では、各自が思い思いの友人と昼食をとっていた。

「蘭ちゃん、土曜日って空いてる?」

 彩芽は母の作った弁当を頬張りながら尋ねる。

「空いているけれど、どうかしたのかしら?」

「良かった! ねぇ、合宿の持ち物とか服とか、一緒に買いに行かない? 駅前のショッピングモールなんだけど」

「⋯⋯別に構わないけれど」

「ほんと? ありがとう! じゃあ、待ち合わせは何時にする?」

「十時にしましょう。当日は車で行くから」

 現地集合ということか。彩芽は了承し、うなずいた。


 土曜日、彩芽が髪をまとめていたその時、家の前に車が停まった。

 怪訝に思った彩芽がドアを開けると、そこには入学式の日、正門前に横付けしていたあの車が鎮座していた。

「彩芽!? どうしたの!?」

「北大路家の車じゃないか! 彩芽、蘭様に何かしたのか!?」

「何にもしてないし、心当たりないよ!」

 家族で慌てふためいていると、運転席から霧島きりしまが降りてきた。

「九条家の皆さま、おはようございます。わたくし、蘭様のお世話を仰せつかっております、霧島と申します。本日は彩芽様がお嬢様とお出かけされるとのことなので、お迎えに上がりました」

 霧島の述べた言葉は、彩芽の認識とは食い違っていた。

「え? 霧島さん、車で行くのは蘭ちゃんじゃないんですか?」

 てっきり現地集合だと思っていた彩芽は、尋ねた。

「いえ、彩芽様をお迎えに上がり、その後ショッピングモールへ行くとお嬢様から伺っております。さあ、彩芽様。こちらへどうぞ」

 霧島は流れるように彩芽を車へと促した。

 戸惑いながら彩芽が車の方へ進むと、霧島がドアを開けてくれた。お姫様のような扱いに慣れていない彩芽は、何だか居心地が悪かった。

 彩芽が恐る恐る後部座席に乗り込むと、奥の座席には蘭がいた。

「蘭ちゃん、おはよう!」

「おはよう」

 蘭は窓の外に目を向けたまま、答える。

「車で迎えに来てくれるなんて、びっくりしたよ」

「わたくしは『当日は車で行く』と言ったはずだけれど」

「いやー、蘭ちゃんが車でショッピングモールまで行くってことだと思ってて⋯⋯」

 彩芽はぽりぽりと顎を掻いた。

「別に、気が向いたからあなたも乗せて行くだけよ」

「そっか。ありがとう」

「⋯⋯お礼を言われるようなことではないわ」

 蘭は変わらず窓の外を見ていたが、髪の隙間から覗く耳は、少し赤くなっていた。

「彩芽様、お嬢様。出発してもよろしいでしょうか」

「あ、はい! 大丈夫です!」

「ちょっと、何勝手に⋯⋯!」

 後部座席からは少し遠い運転席に声をかける。

「かしこまりました。それでは、出発いたします」

 蘭の言葉は届かなかったらしく、車は発進した。霧島の運転はとても安全で、乗り心地は快適そのものだった。


 しばらく車に揺られていると、窓からショッピングモールの建物が見えてきた。

「もうすぐ着くよ、蘭ちゃん!」

「小さな子供じゃないんだから、いちいちはしゃがないでちょうだい」

 蘭は肩をすくめた。

「到着いたしました」

 いつの間にか車はショッピングモールの駐車場に停まっていた。

 霧島は先に降り、蘭の方のドアを開ける。蘭が車から降りた。その後彩芽の方に回り、彩芽のドアも開けてくれた。

「それでは、参りましょう」

 霧島が二人を促すと、蘭が「霧島」と声を発した。

「いかがいたしましたか、お嬢様」

「今日は、私たちに着いてこないでちょうだい」

「⋯⋯かしこまりました。ごゆっくりお過ごしください」

 それだけで霧島は察したらしく、笑顔でうなずいた。

「行くわよ。あなた、案内してちょうだい」

「うん、いいよ」

 二人は連れ立って歩き出した。


 ショッピングモールは、九条家から車で二十分ほどの場所にある。飲食店・映画館・スーパーマーケットなど様々なテナントが入居しており、休日のみならず平日も買い物客で賑わう場所だ。

 蘭は初めて来たらしく、その広さと大勢の人々に圧倒されていた。

「まずは服買いに行こっか」

「え、ええ」

 彩芽の声で我に返ったのか、蘭は慌ててついて行った。

「あなた、いつもどこで服を買うの?」

「だいたいここのお店が多いかなー。よく買ってるとこはそんなに高くないけど、割と流行り取り入れてるよ。何よりへたりにくい!」

「そうなのね」

 蘭の瞳に興味の色が宿った気がした。

「蘭ちゃんの服、すごく可愛いね」

 今日の蘭は、いかにもお嬢様といった清楚なワンピースだった。小柄で可憐な彼女に、とても似合っている。

「⋯⋯あなたの服も、動きやすそうでいいと思うわ」

 人を褒めることに慣れていないのか、蘭は真っ赤になっていた。

「ありがとう。蘭ちゃんって、カジュアルな服は着ないの?」

「そういう服は着たことがなくて、よく分からないわ」

「じゃあ、私がコーデしようか?」

「⋯⋯お願いするわ」

「うん、分かった。⋯⋯あ、ここだよ!」

 彩芽は、はたと気づいて足を止めた。

 そこは、テレビでもよくCMを打っているファストファッションの店だった。

 蘭も知っていたらしく「ここが⋯⋯」とつぶやいていた。

「行こっか!」

 彩芽は蘭の手を引いて店へと入った。

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