新入生合宿編

五 朝のひと騒動

 入学式の騒動から一週間がたち、学校にも少し慣れた頃のことだった。

 学校に入ると、ちょうどらんが靴を履き替えようとしていた。

「おはよう、蘭ちゃん」

 彩芽あやめは下駄箱から上靴を取り出しつつ、挨拶した。

「おはよう」

 蘭はこちらに一瞥を投げて、呟く。

 二人が靴を履き替えて廊下に出たその時だった。どこからともなく、担任の藤宮ふじみや教諭が現れた。

「おはようございます、九条くじょうさん、北大路きたおおじさん」

「おはようございます」

 二人は挨拶を返す。

 彩芽は藤宮の表情を見て、怒っていることに気づいた。心当たりといえば、先週のことしかない。あの場に大人はいなかったが、バレてしまったのだろうか。

 説教をされるのは嫌なため、彩芽は自分の感じたことが気のせいであることを願った。

「少し、話したいことがあります。職員室に来てください」

 願いは通じなかった。やはり、説教をされるらしい。

「はい⋯⋯」

 彩芽は肩を落として、担任に続く。

(私のバカ。何であの時、蘭ちゃんを振り払って助けを呼びに行かなかったんだろう。今さら後悔しても遅いけどさぁ⋯⋯)

 入学して一週間で説教されることが決まり、彩芽は内心で泣いていた。

「着きましたよ。入ってください」

 藤宮は二階の奥まったところにある扉の前で足を止めた。

 担任が先に入り、二人も続く。一限目がもうすぐ始まるからか、ほとんどの教師は出払っていた。

 彼女は自分のデスクまで行くと、回転式の事務椅子に腰かけた。

「あなたたち。なぜ叱られるか、分かっていますね?」

「はい⋯⋯。入学式で、あやかしを祓ったからですよね」

 彩芽は泣きそうな声で答える。

「そうです。二人ともケガがなかったから良かったものの、一歩間違えば二人とも無事では済まなかったかもしれないんですよ」

 藤宮は明らかに二人を非難していた。

「先生」

 それまで黙っていた蘭が口を開いた。

「この一件は、全てわたくしに責任があります」

「どういうことですか、北大路さん?」

「わたくしが九条さんを巻き込みました」

「そうだったのですね⋯⋯今回は二人とも無事だったので不問とします。ですが学校に妖が現れたら、次からは私たち教師を呼ぶように。決して自分たちで対処しようとしないでください。いいですね?」

「はい⋯⋯。すみませんでした」

 二人が頭を下げ、それで説教は終わった。


 説教に時間を取られたが、何とか一限の授業には間に合った。

 一限は総合で、学級会を開く。議題は来月に行われる新入生合宿の実行委員決めだった。

 新入生合宿は毎年五月のゴールデンウィーク明けに二泊三日で行われている。グループが既に固まっているであろう五月に行うのは、自身のグループ以外のクラスメイトとも関わりを持つためだそうだ。そのため、班分けも出席番号順に四人で一グループとなり、自分たちで好きにグループを組むことはできない。

「では、新入生合宿の実行委員を決めたいと思います。各クラス二人までです。やりたい人はいませんか?」

 学級委員長が呼びかける。教室はざわめいた。「どうするー?」という言葉があちこちから聞こえた。

「はい。私、やりたいです」

 ざわめきの中、彩芽が手を挙げた。彩芽は小学校時代にも、宿泊行事の実行委員をしたことがある。そのため、ノウハウが分かっているのだ。

「九条さんですね。ありがとうございます」

 委員長は黒板の「ゆき組 実行委員」の文字の横に「九条」と書き足した。実行委員が一人決まって、ほっとしたような空気が教室に満ちた。

 書き終えると、こちらに向き直り「他にやりたい人はいませんか?」と呼びかける。

 今度は教室が静まり返った。しばらくの間、沈黙が落ちる。先ほどまでのざわめきは何だったのか、みな石のように口を閉ざし、下を向いている。まるでお通夜のようだった。

「では、投票で——」

 委員長が沈黙に耐えかねて口を開いたその時だった。

「立候補するわ」

 一人の生徒が沈黙を破った。教室中の視線が生徒に集中する。

 彩芽はそれが誰なのか、見ていた。その生徒は、自分のすぐ前に座っている少女——北大路蘭だった。

 教室はまた、ざわめく。周囲は驚いているようだった。

「き、北大路さん、ですね。あ、ありがとうございます」

 委員長は慌てて、黒板に「北大路」と書き足す。立候補者が二人出たため、これで雪組の実行委員は決定だ。

「そ、それでは、雪組の実行委員は九条さんと北大路さんに決定です!」

 周囲が拍手をしたが、蘭が実行委員になった戸惑いのせいかまばらな拍手だった。

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