四十八 聞き込み(二)

「蘭ちゃん、この後、どうする?」

「次は、大森さんに話を聞きましょう。彩芽、昼休みの予定は?」

「ないよ。空いてる」

「分かったわ。今日の昼休み、また花組へ行きましょう」

「オッケー」

 その時、予鈴が鳴った。他の生徒のところにいた生徒たちは、一斉に自らの席へと戻っていった。


 昼休み。

「蘭ちゃん、行こう」

「彩芽、お弁当を持って」

「え? うん、分かった」

 彩芽は不思議に思いつつ、机の横にかけたランチトートを手に取った。

 二人は昼食を持ち、花組へ向かう。

 花組の扉を開けると、朝と同じように皆がこちらを見た。

「あれ? どうしたの?」

 朝と同じ生徒が出迎えた。

「ひかりちゃん、いる?」

「え? いるけど」

「呼んでくれる?」

「⋯⋯分かった。ひかり! 呼ばれてるよ!」

 生徒は教室の中へ向けて、がなるように叫んだ。

「な、何、ですか⋯⋯?」

 ひかりが怯えたような表情でやって来た。

「お昼、一緒に食べましょう」

「え⋯⋯」

「行こう」

 彩芽に畳みかけられ、ひかりは席へ戻ってランチトートを持ってきた。

「場所、どうする?」

「中庭に行きましょう」

 言いつつ、蘭の足は既に中庭へと向かっていた。


 三人は中庭のベンチに座り、弁当を広げた。

 その時、ひかりが震える声で、「どなたですか」と切り出した。

「あ、ごめんね。私、雪組の九条くじょう彩芽あやめ。で、こっちが」

北大路きたおおじらんよ。彩芽とは同じクラスなの。突然呼び出して、ごめんなさい」

「い、いえ、それは気にしないでください。そ、それで⋯⋯用件は」

 ひかりは、気の毒なほど萎縮していた。

「⋯⋯違ったら、ごめんなさい。大森さん、もしかして、いじめられているのかしら」

 蘭が恐る恐る切り出す。

 ひかりはぽかんと口を開けたが、次の瞬間には真っ青になった。

 気の毒なほどこちらに謝り、「夏木なつきさんたちには、言わないでください!」と懇願した。

「言わない! 言わないよ」

 彩芽が約束すると、ひかりは「⋯⋯他のクラスの人に、バレちゃったんだぁ」と力なく笑った。その声には、諦めのようなものが滲んでいるように聞こえた。

 蘭が「生徒会長選挙、どうしてあんなことをしたの?」と尋ねた。

 ひかりはぽつりと「夏木さんたちを、見返したかったんです」とつぶやく。

「見返したかった?」

 彩芽は思わず聞き返す。

「はい。私、初等科に入学した時からいじめられてて」

「えっ⋯⋯!?」

 初等科から。それは、彼女が七年もの間、いじめに耐えていることを意味していた。

「このこと、先生には?」

 蘭が尋ねる。

「もちろん、先生に言おうとしました。でも、先生に言ったらもっとひどくいじめる、って脅されてたんです」

「ひどい⋯⋯」

 蘭が顔をしかめた。

「選挙に立候補した理由は、生徒会長になれば、いじめっ子を見返せると思ったからです」

「あれ、待って。先輩と関わりがあったのは、何で?」

 彩芽が思い出したようにつぶやく。

「それも、バレてるんですね⋯⋯賄賂わいろです」

「賄賂!?」

 中学生には縁遠い単語がひかりの口から飛び出したことに、彩芽は驚いた。

「そうです。私の家、そこそこお金があって、お小遣いも多めなんです。だから、そのお金で賄賂を贈りました」

「先輩に目をつけたのは、なぜ?」

「先輩──三年生に目をつけたのは、先輩方が卒業さえしてしまえば、秘密が守られるからです」

 いつの間にか、ひかりは泣いていた。

「ひかりちゃん。話しにくいのに、話してくれてありがとう」

 彩芽はつぶやく。

「いえ。誰かに話したら、少し気が楽になった気がします。九条さん」

「何?」

「⋯⋯私、今日先生に話してみます。今まで、いじめがひどくなるのが怖くて黙ってたけど、やっぱりこのままじゃダメだって思いました」

 ひかりの目には、決意の光が宿っていた。

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