卒業式編

五十八 平和が壊れる時

 三月。卒業式も間近に迫った今、3年生は自由登校となっている。学校に来ているのは主に一年生や二年生で、三年生はほとんどいない。

 校舎にある人の気配は少なく、とても静かだ。いつもの活気も弱くなっており、三年生が旅立つことの寂しさを表すようにも感じられる。

 三月に入ってからは、校舎全体に物寂しくも平和な時間が流れていた。

 ——卒業式の前日までは。


 卒業式の前日は二年生までが短縮授業となっており、三年生は休日だった。

 そのため、この騒動を直接目撃した三年生はいない。それだけが不幸中の幸いだった。

 その日最後の授業——三限目が始まる直前、担任の藤宮ふじみや教諭が血相を変えて教室に入ってきた。

「皆さん、もうすぐ三時限目が始まる時間ですが、直ちに下校の準備をしてください」

 教室がざわつき始める。

「先生、どういうことですか?」

 教室のどこかから、声が上がった。

「理由は、これから話します。恐ろしいことに、この学校を壊滅するという脅迫状が届いたからです」

 教室のざわめきがさらに大きくなる。

「静かに! ⋯⋯とにかく、皆さんの安全を確保するため、この後の授業を切り上げてこれから下校します。もちろん、明日の卒業式は延期です。私たちは皆さんが下校した後、緊急会議を開きます。明日いっぱいは学校に来ないように!」

 それだけ言い残し、藤宮は教室を見回す。全員の帰り支度が整っていた。

「皆さんの帰り支度ができているようなので、今から教室を閉めます。気をつけて下校するように!」

 追い立てられた生徒たちは、続々と教室を出ていった。


 突然の下校に加え、不穏な状況ということで学校中がざわめいていた。

 彩芽が上靴を脱ごうとしたところ、掲示板の前に人が集まっている。

 人波をかき分けて何とか掲示板までたどり着くと、そこには1枚の紙が真ん中に貼ってあった。

 貼り紙は手書きではなく、パソコンで打たれた文章を印刷したものだった。

 肝心の内容は「卒業式を中止しなければ、胡蝶館女学校を壊滅する。人質は、校長・加賀美かがみ撫子なでしこ」というものだった。

 校長が人質。脅迫状が送られてきたというだけでも異常事態だが、人質をとっているうえに、それが校長だという点はもっと異常である。

 何か尋常ではないことが起こるのだと、手に取るように分かった。


「もしもし、お母さん? うん。大丈夫。そう、学校に脅迫状届いたから、安全のために三限はやらずに帰るって。うん、蘭ちゃんが家まで送ってくれるって。だから大丈夫。それじゃ」

 彩芽は終話ボタンをタップした。

「行きましょう。霧島きりしまはもう着いているそうよ」

「うん、ありがとう!」

 蘭の申し出で、彩芽は家まで送ってもらえることになった。一人での下校は不安だったため、願ってもない申し出だった。

 道中の蘭はとても険しい顔をしており、彩芽は話しかけるのをためらうほどだった。

 彩芽が車を降りる時、蘭は微笑みかけてくれた。しかし、その笑みはこわばっていた。

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