三十一 宇佐美莉々愛

 翌日、彩芽が学校に行くと、学校は何やら騒がしかった。

 昇降口の近くには、人垣ができている。

 彩芽が人波をかき分けて進んでいくと、その中心には、ピンク色の髪をツインテールにした少女がいた。

莉々愛りりあちゃーん!」

 莉々愛と呼ばれたその少女は、紙の束を抱えており、周囲の生徒に紙を次々と手渡している。

 莉々愛は彩芽を知らないが、彩芽は莉々愛を知っていた。彩芽は、莉々愛をテレビで見たことがあった。少女──宇佐美うさみ莉々愛は、今人気のアイドルなのである。

 CDが売れないといわれるこの時代だが、シングルやアルバムの売り上げは好調。おまけに楽曲配信の再生回数も多い、奇跡のアイドルなのだ。

 彩芽の近くにいた生徒が莉々愛に手を伸ばした時、彩芽と目が合った。

「⋯⋯あなたも、どーぞ♪」

 莉々愛は微笑み、彩芽に紙を手渡す。

 それが何か確認しようとした時、予鈴が鳴った。

 彩芽は階段を駆け上がり、何とか教室に滑り込んだ。


一限が終わった後、クラスメイトが話しかけてきた。

「彩芽、今日ギリギリだったねー。どしたの?」

「何か、昇降口の方に人がすごく集まってて⋯⋯見に行ったら、遅刻しそうになっちゃって」

「そうなんだー。あっ、そういや莉々愛ちゃんの文化祭ライブ、もう応募した?」

 莉々愛。今朝がた聞いた名前だった。

「もしかして、これ?」

 彩芽は机の中から朝もらった紙を取り出す。そこには「宇佐美莉々愛 文化祭ライブ」と書かれていた。

「それそれ! 彩芽、行くの?」

「うーん、どうしようかなー」

「あたしはもう応募したよー。ていうか、莉々愛ちゃん学校来てたなら、朝見に行けばよかったー!」

「学校?」

 あれは、営業に来ていたのではないのか。

「えっ、彩芽知らないの!? 莉々愛ちゃん、うちの学校の二年だよ!?」

「えぇっ!? そうだったの!?」

「そうだよー! いつも仕事が忙しくて学校あんまり来ないから、会えることなんかほぼないんだよ!?」

 スマホのメールを確認すると、学校から文化祭ライブの案内が届いていた。

 メールに載っていたリンクをタップすると、申し込みフォームに飛ばされた。

(とりあえず、申し込んでみようかな)

 彩芽は必要事項を入力し、送信ボタンをタップした。あとは、当落発表を待つだけだ。


 あっという間に時は過ぎ、文化祭準備期間に入った。

 どのクラスも、出し物の準備で忙しそうに動き回っている。あちこちから、指示を飛ばす声や手伝いを求める声がひっきりなしに聞こえてくる。廊下が資材置き場と化している階もある。学校は、文化祭が近づくにつれて、どんどん活気づいてきていた。

 ある日の休憩時間、彩芽はスマートフォンをいじっていた。

 SNSを見ていたその時、一通のメールが届いた。

(何だろう?)

 開いてみると、それは莉々愛のライブチケットの当落発表だった。

 彩芽は申し込みをしていたことを思い出し、急いで画面をスクロールする。

 画面には、「抽選の結果、お席をご用意することができました」と表示された。

(やったー!)

 クラスの出し物であるプラネタリウムは、受付を交代で行う。幸運なことに、ちょうど彩芽のシフトにかぶっていない時間だった。

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