三十二 文化祭

 文化祭当日。胡蝶館女学校の校内は賑わっていた。生徒の家族、他校の生徒、地域の子供⋯⋯多くの人々が校内に溢れている。

 学校中のあちこちで、客引きの声が響いていた。

 一年雪組のプラネタリウムは、朝から客がひっきりなしに入っており、満足に休憩を取ることもままならないほどだった。彩芽も休憩に入りたかったが、客が途切れないため休憩に入れずにいた。

 その時、次のシフトに入っているクラスメイトがやって来た。

「彩芽、お昼まだでしょ? うちらが受付やっとくから、食べてきなよ」

「うん、ありがとう。行ってくるね」

 クラスメイトのありがたい申し出に礼を言い、彩芽は教室を出た。

 行き先は学食だ。スマートフォンを確認すると、莉々愛のライブまではまだ一時間ほど時間があった。


 彩芽は学食を目指しているものの、人波に阻まれてなかなか前に進めずにいた。

「すいませーん、通してくださーい!」

 身体を人と人の間にねじ込むようにして、前へと進んでいく。

 やっと学食にたどり着いた頃には、もうヘトヘトだった。

 胡蝶館女学校では、文化祭期間のみ学食を一般にも解放している。今は十一時五十分で、昼食にちょうど良いタイミングである。そのため、学食は来校者と生徒でごった返していた。

 席はどこも空いていないうえ、レジにも食べ物を受け取るカウンターにも行列ができている。

(どうしよう⋯⋯間に合うかな)

 彩芽は不安だったが、カウンターに並ぶことにした。

 何を食べるか迷ったが、一皿で満足できそうなカレーライスを選んだ。

 彩芽がカレーライスを受け取っても、レジの行列は短くなっていなかった。


 カレーライスを食べ終わった時には、間もなくライブが始まる時間だった。

 彩芽は会場である講堂まで走らざるを得なくなった。走っている間じゅう、脇腹が痛んだ。

 息を切らして、講堂に駆け込む。スマートフォンの時計は、開始時間ちょうどを指していた。

(間に合った⋯⋯!)

 顔を上げると、ステージに莉々愛はいない。

 彩芽は不思議に思ったが、待つことにした。

 しかし、待てど暮らせど莉々愛は現れない。開始から十五分がたった頃、客席がざわめき始めた。

(莉々愛ちゃん、どうしたんだろう⋯⋯?)

 その時、莉々愛がステージに現れた。

 客席は歓喜に沸いたが、すぐに歓声は止んだ。

 莉々愛の様子が、明らかにおかしかったのだ。

 本来なら歌が始まるタイミングだが、曲も流れてきていない。無音のステージに莉々愛だけが立っているという、異様な光景が広がっていた。

 莉々愛自身は、どこかためらっているような表情を浮かべている。

(何を迷ってるんだろう?)

 莉々愛は意を決したように、マイクのスイッチを入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る