五十六 申し出

 ──これは、明らかにおかしい。

 そう考えた彩芽は、まず蘭に相談することにした。大事おおごとになりそうで、大人には相談しづらかった。

「蘭ちゃん、今ちょっといい?」

「ええ、構わないわよ」

「ありがとう。ちょっと相談なんだけど⋯⋯今の有紗ちゃんの話、聞いた?」

「ええ。上原さんを連れ去ろうとした男はなぜ、彩芽の名前を知っていたのかしら」

「そこなんだよ。私はその人のこと知らないのに、何で向こうが一方的に知ってるんだろう? 何か、怖くてさ⋯⋯」

「そうね⋯⋯彩芽」

「何?」

「しばらく一緒に学校に行きましょう。行きだけではなくて、帰りも一緒に」

「えっ、悪いよ」

「安全には代えられないわ。彩芽さえよければ、霧島きりしまに話を通すけれど」

「⋯⋯分かった。お願いしてもいいかな?」

「もちろん。今日は、一緒に車まで来てちょうだい。霧島に説明するわ」

「ありがとう」

 不安に駆られている彩芽には、この申し出はとても安心できるものだった。


 霧島の送り迎えにも慣れた頃のことだった。

 ある日の放課後、雪組に紅緒べにおがやってきた。

「あ、紅緒ちゃん。どうしたの?」

「彩芽ちゃん、蘭ちゃんいる〜?」

「うん、いるよ。呼んでくるね」

 彩芽は教室へ戻る。

「蘭ちゃん、紅緒ちゃんが呼んでるよ」

「紅緒が? 今、行くわ」

 蘭はドアへと歩いていった。

「どうしたの、紅緒?」

「蘭ちゃん、今日一緒に帰ろ〜?」

「せっかくだけれど、今日はこの後用事があるの。また誘ってちょうだい」

「そっかぁ⋯⋯じゃあね〜」

 紅緒はつまらなさそうに去って行った。

「彩芽、今日は一緒に帰れなくてごめんなさい。気をつけてね」

「うん、ありがとう。じゃあね」

 蘭は不安そうに、教室から出ていった。

 彩芽はすぐに帰りたかったが、課題が貯まっているため、少し勉強してから帰ることにした。

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