三 思い出した!

「これより、令和五年度、胡蝶館女学校入学式を執り行います」

 教頭の挨拶で、式は厳かに始まった。

「国歌、斉唱。前奏に引き続き、ご唱和ください。それでは皆様、ご起立ください」

 同時に全員が立ち上がった。すぐに、イントロが流れ始める。

 短い歌なのですぐに終わり、「ご着席ください」全員が再び着席する。

「続いて、入学許可宣言を行います」

 教頭はお辞儀をし、後ろに下がる。代わりに校長が前に出てきた。

「入学許可。令和五年度、第一学年に六十名の入学を許可する。令和五年四月八日、胡蝶館女学校校長、加賀美かがみ撫子なでしこ

 校長は、優しくもどこか芯が強そうな女性だった。

 礼をしたが、彼女は壇上から下りない。このあと話をするのだろう。

「学校長式辞。⋯⋯新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。いよいよ今日から、新しい生活が始まります。新しい生活というのは、未知の環境に飛び込んでいくことでもあります。そういった時、誰もが不安を抱くでしょう。新入生の皆さんも、何かしらの不安を抱えていると思います。けれど、これだけは覚えていてください。いつだって皆さんの周りには、誰かがいます。それは親御さんや私たち教師といった大人かもしれないし、友達かも、あるいは先輩かもしれません。困った時に誰かを頼れる人になってください。そして、次はもらった優しさを誰かに渡してあげてください。以上をもって、式辞とさせていただきます。令和五年四月八日、加賀美撫子」

 再び礼をして、加賀美校長は壇上から下りた。

 それから、来賓の挨拶や祝電披露が行われた。校長の挨拶はまだよかった。これは一人一人紹介されるので、かなり長い。

 しかしあっという間に入学式は終わって、とうとう新入生が退場する時が来た。

新入生の挨拶はあの少女ではなかったため、名前を聞くことができなかった。

 式が終わっても、あの子の名前は思い出せなかった。


 クラスの自己紹介は次の日にすることになったため、やはりあの子の名前は分からない。

 彩芽は悶々としたまま、学校を後にしようとしていた。保護者は今、講堂に残って保護者会をしている。彩芽たちは終わるまで講堂の外で待っているのだ。周囲には、他にも保護者が出てくるのを待っている生徒が大勢いる。

 ふと思い立ち、未だに名前を思い出せない少女を探す。どうせ両親が出てくるまで時間があるのなら、聞いてみようと思ったのだ。

 周りを見ると、少女は周囲から離れて講堂の外壁にもたれかかっていた。

 駆け寄って、話しかける。

「ねぇ――」

 名前を聞こうとした、その時だった。辺りに胸がムカムカするような嫌な気配が漂い始めた。

(嘘⋯⋯!?)

 妖が現れる。それも大きなものが。

 すぐに、それは現れた。彩芽は今まで小さい妖しか祓ったことがない。今回は、今まで祓ったものより大きかった。

 彩芽は辺りを見回した。しかし、周囲に教師はいない。保護者会をしているので、保護者もいない。

(助けを呼ばなきゃ)

 彩芽が駆けだそうとした時、少女が動いた。

「はぁ⋯⋯。そこのあなた、やるわよ」

 少女はうざったそうに言う。その双眸そうぼうが、彩芽を見据えていた。

「えっ!? わ、私?」

「他に誰がいるというの?」

 少女の眉間の皺が深くなる。彩芽にとっては強大な敵だが、やるより他ないようだ。

「⋯⋯分かった!」

 彩芽は意を決し、制服の襟もとに手を突っ込む。首には祓魔師に変身するために必要な祓魔石ふつませきを使ったネックレスをしている。それを引き出すのだ。

(⋯⋯大丈夫、大丈夫。私ならできる!)

 彩芽はネックレスを引き出し、トップについた祓魔石を握りしめた。

 瞬間、彩芽は白い光に包まれる。光が消えると、彩芽は薄紫色の和風ロリータ——祓魔師の衣を身に纏っていた。

(⋯⋯よし)

 目をつぶって深呼吸し、心を落ち着かせる。

 目を開いて隣を見ると、少女が呆れたような顔をしていた。既に妖を祓うのに使う祓魔具ふつまぐも顕現させている。

変化へんげにどれだけ時間をかけているのかしら。それに、深呼吸なんてしていたら戦場ではすぐに死ぬわよ」

 驚いたことに、少女は他人に注意する余裕さえある。戦い慣れていることが見て取れた。

「ご、ごめん」

 何も悪いことはしていないが、彩芽は謝った。

「はぁ⋯⋯。あなた、戦い慣れていないようだからサポートに回って」

「え、う、うん」

 突然の提案に驚きながらも返事をする。言い終わらぬうちに、少女は駆け出した。

 走りながら、腰に携えた軍刀をぐ。

 柄を両手で持ち、少女は地面を蹴った。妖の胸のあたりまで飛び上がり、真っ向から妖に斬りかかる。

 少女の軍刀は、妖を肩から斜めに斬り下ろした。袈裟斬りだ。

 妖の上半身は、大きな音を立てて地面に落ちた。それと同時に、少女が地面に降り立った。彩芽がサポートに入る隙などなかった。

 少女は顔色一つ変えず、軍刀を収めた。しばらく妖を見つめていたが、妖の身体がボロボロと崩れて消えると、顔を彩芽に向けた。

「すごい⋯⋯」

 圧倒されていた彩芽は、それしか言えなかった。

「すごい、じゃないわよ。あなた、それでも祓魔師? 何もできていないじゃない」

 少女が彩芽を睨みつける。

「ごめん⋯⋯。でも、すごいね。すっごく強かった」

「⋯⋯こんなものでは、ダメなのよ」

 そういう少女の目は、なぜかとても辛そうに見えた。声をかけたくとも、彩芽は気の利いた言葉を持ち合わせていなかった。

 我に返った周囲の生徒達が駆け寄ってきた。みな口々に二人を心配している。

 しかし、何だか少女の方は過剰ともいえるほど心配されているように見える。

 彩芽は、自分に駆け寄ってきた生徒に尋ねる。

「あ、あのさ。今一緒に戦ったあの子って、そんなにすごい子なの?」

 その瞬間、周囲が水を打ったように静まり返った。

「嘘でしょ!?」

「ごめん、どういうこと?」

 彩芽は首をかしげた。

「あの方、らん様だよ! 知らないの!?」

「そ、そんなにすごい子なの?」

 あやめは生徒の勢いに気圧された。

「すごいなんてものじゃないよ。祓魔師の名門・北大路きたおおじ家の跡取り娘だよ!?」

「北大路⋯⋯蘭」

 彩芽は生徒の言葉を反芻はんすうした。

 北大路といえば、九条家の本家だ。その家の、跡取り娘⋯⋯。

「あーっ!」

 彩芽は人目もはばからず、叫んだ。

(思い出した。小さい時、よく一緒に遊んでたあの子だ!)

 目の前にかかっていた霧がすうっと晴れていくような気がした。

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