第33話
「……う」
息苦しさを感じ目を覚ます。すると、なぜか私のお腹の上で正座するメレアの姿があった。相変わらずいつも通りのコートにいつも通りの丸眼鏡だけど、顔つきだけはいつもと違って真面目だった。悩み事でもあるのかな? 目を閉じて真剣に考え事をしているようにも見える。けど、そういうのは別の場所でやってほしい。
「あのー。メレ――」
「しっ! 今集中してるから」
「ご、ごめん」
名前を呼ぼうとした途端、目を見開いたメレアに注意された。珍しく怒るメレアに反射的に謝ってしまう。
何でだろう? おかしいのは明らかにメレアの方なのに。なぜか悪いのは私みたいになっている。
「よしっ!」
再び目を閉じて私のお腹の上で考えること数分。メレアは何かに納得したような声を出し目を開いた。
「おはよう、ネム。さっきはいきなり怒ってごめん。あたし考え事してる時に他の音入れたくないんだよね」
「……そう。でも謝るなら私から降りて謝って欲しいんだけど」
「あ、忘れてた。魔法解除!」
「ぐふぇっ!」
魔法が解除されるとお腹にかかる力が急に増した。あまりの出来事に思わず変な声が出てしまう。
「メ、メレア……ヤバい……内蔵出る。早く……降りて!」
「はいはーい。今降りるねー。よいしょっと」
「うぐぇ」
急かす私の声を聞いて、メレアは移動を始める。しかし体重移動をしたせいか、さっきより強い力が私のお腹にかかる。ベッドから降りたメレアはなぜか元気そうだったけど、こっちは朝から気分最悪だった。
「いやー。ネムの睡眠を邪魔しないように、いい感じに浮遊魔法をかけてたんだけどねー。どうだった?」
「普通に重たかったよ。全然浮遊してないし」
「だから言ったじゃん。『いい感じに』って」
「じゃあ何で降りてから解除しなかったの?」
「しっかり人本来の重さを確認してもらうためだよ。ネムが真似したら危ないでしょ? 魔法だってあんまりだし」
「……私、人の上で正座しないよ」
「分からないよ。人はいつもどこかに『人の上で正座する』という選択肢を抱えながら生きているんだから」
「で、今日は何の用?」
「そっかー。寝起きじゃこのテンションについて来れないか……別にいっか」
私を見て一通り何かに納得したメレアは振り返った。そして机の近くに置いてある椅子をベッドの近くまで引きずり、腰をかけた。
何を話すんだろう? そう思いながら待って見るも、一向に話す気配はない。私と目を合わせることなくずっと唇を噛みしめたまま、シワの出来たシーツを見たり、窓の外を見たりするだけだった。
本当にどうしたんだろう? こんなメレア初めて見る。
「今朝起きたらね、いろんな人がネムの話しててさ」
しばらくしてメレアはようやく口を開いた。その顔は心なしか悲しそうだった。目を合わさないままメレアは話を続ける。
「いろんな人の話を盗み聞きしたんだけど、ネム昨日悪者倒したんだね」
「うん。奇跡的にだけどね」
「敵の魔法を受けて地面に這いつくばって。それでも力を振り絞り、最後は魔法で全員倒したんでしょ?」
「うん……え? 全員?」
「敵は爆弾を持った巨漢20人。聖騎士団も手を出せない状況でネムは1人戦い、見事勝利した」
「ちょ、ちょっと待って!」
勝手に脚色されていた話に焦り、思わず身を乗り出して淡々と話を続けるメレアを止める。
「何? 急にどうしたの?」
焦る私をきょとんとした顔で見つめるメレア。
「『どうしたの?』じゃなくて! 私の知ってる話と全然違う! まず全員って何?! 19人どっから増えた?! そもそも何でみんな爆弾しか持ってないの? 武装しなよ。バカなの?」
「え、じゃあ敵ってもしかして1人?」
「そうだよ! しかも、巨漢じゃなくて少年! 私より年下の男の子!」
「でも、みんな倒れてたのはネムだけって言ってたよ」
……もしかして、そういうこと? 私が1人倒れてたから他の石化魔法で立ちっぱなしの人が敵に見えたとか? 確かに固まってる人20人くらいいたな。目撃者も多くいたけど、聖騎士団が食い止めていたから、はっきり見えなかったんだ。それで噂だけが1人歩きして……凄いな。噂ってここまで間違って伝わるんだ。これからは気を付けよう。
一応何で間違った情報が伝わったか分かった。でも、問題はここからだ。
「何でネムは倒れてたの?」
「……」
このことをどうメレアに説明しよう。普通に転んだって言ったら絶対笑われる。
「ねえ、聞いてる?」
私をまじまじと見つめながら質問するメレア。早く答えないといけないのに、いい感じの嘘が思いつかない。くそっ、本当にどうしよう。
「あー……その、何というか……私の急ぐ気持ちがほんの少し体を追い越したというか……そのせいで忠告された内容をあまり理解していなくて足下をすくわれたというか……」
「つまり?」
「つまり……転びました」
「あははっ」
お腹を抱え、足をバタつかせながら笑うメレア。こうなることは目に見えていたから言いたくなかったのに。本当に朝から最悪だ。
「ふー、笑った笑った。にしても、転ぶだけで敵の人数が増えるなんて。やっぱり噂は怖いねー」
「本当だよ。ここまで脚色されるなんて思いもしなかったし」
「そうだね-」
そこまで話したところで会話は止まってしまった。珍しく私たちの間に沈黙の時間が流れる。
今日来た理由って噂の真相を確かめるためだけかな? だとすると、もう帰っちゃうのかな?
そう思うと少しだけ寂しくなってしまった。
「うん。やっぱり敵を前にして転ぶなんて失格だね。こんな英雄を1人にしておくのは心配だね」
「え? まだ私が転んだ話続けるの? あ、言い忘れてたけど、あの場所には石化魔法がかかってたんだよ! 走ってたら急に足が重くなって、どうしようも無かったんだから!」
「でも、転んだでしょ?」
「そうだけど……そうじゃないし」
「どっちにしても心配だし。あたしも入るよ」
「入るって何に?」
「ん? 決まってるでしょ。聖騎士団だよ」
聞き間違いかと思い、メレアの顔を二度見する。しかし、メレアの顔は真面目だった。
え? メレアが聖騎士団に? 嬉しくないわけじゃないけど、やっぱり不安が先に来る。そもそも、簡単に入団できるの?
「……それってさ、メレアの意思で出来るの?」
「さあ? でも前に聖騎士団長があたしも入団できるみたいなこと言ってなかった?」
「言ってたような気もするけど……」
「それに客間だって空いてるじゃん。だったら使っていいでしょ」
メレアの言ってることは正しい。正しいけど……この子、客間に住むつもりなんだ。私は一応『街を守った英雄』としてここに住ませてもらってるけど、メレアは特に何もしていない。多分、私が普通に生活しているから誰でも住めるって勘違いしているんだろうけど。
「ところで、この後予定ある?」
「別にないけど。どうして?」
「じゃあ、メンバー集めしよっか」
メンバー集め? 何の? 客間の事で頭がいっぱいの私に、メレアは追い打ちをかけるように話を進める。
「特殊部隊としては違ったことやりたいよねー。街の見回りなんて退屈そのものじゃん」
「さっきから何の話してるの?」
「何の話って、あたしとネムが所属する新しい部隊についてだよ。そのメンバー集めをこの後やる予定」
「待って! 特殊部隊って何?! そんなの初めて聞いたんだけど!」
「当たり前だよ。だって初めて言ったんだし」
「それこそメレアの意思で作れる物じゃないでしょ。学校の部活じゃあるまいし」
「まあ、見てなよ。2、3日後には作られてるから」
不安そうな私に対し自信満々に言うメレア。出来るはずがないと分かっているのに、嫌な予感が止まらなかった。
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