第10話
目的地に着いた馬車からゆっくりと降りる。ギラルさんが気を利かせて城の扉のすぐ近くに停めてくれた。
あまり歩くことが好きじゃない私にとってこの気遣いは嬉しかった。逆に嬉しかったのはここまでだった。
馬車から降りた瞬間、周りにいた聖騎士団の人たちが一斉に敬礼をした。
馬車から扉までの短い距離。その道の両脇に聖騎士の人たちがびっしり並んでいる。それも左右1列づつじゃなく3列づつぐらい並んでいる。多分ここにいるだけで5、60人はいるんだろう。
いくら大規模魔法を使った犯人が来るとしてもこんなに警備の人はいらないし、逆に動きづらいと思う。その証拠にさっき敬礼する時何人か隣の人に肘当たってたし。考えがあって並んでるようには思えない。
「ねぇギー君。あれちゃんと伝えてくれた?」
「一応ね……でも本当にやるの? メリット何もないよ」
私の後から降りてきたメレアがギラルさんに話しかける。それに対して不安げに返すギラルさん。
何の話をしてるんだろう? まぁいいか。どうせ私には関係ない話だし。それより私はこれからの事を考えないと。
多分私はどこかの部屋に連れて行かれて色々訊かれるはずだ。でも何と答えたらいいんだろう? 魔法を使った時、私は寝ていたから知らない。だから何を訊かれても分からないとしか答えれない。かと言って何も答えなかったら勝手に罪がどんどん重くなっていきそうだし……
「メレ……何してるの?」
メレアにアドバイスを貰おうと、ふとメレアの方を見る。すると足の筋肉を伸ばしたり、手首や足首をぐるぐる回したりしていた。
ストレッチ? 体が凝り固まったのかな? でも馬車に乗っていた時間はそんなに長くなかったような……
「よし! ギー君、ネムのことよろしくね。ネムはギー君の言うこと聞くように」
「何? 何の話?」
「さーてと。やりますか!」
最後に大きく伸びをしたメレアは、指の関節をポキポキ鳴らしながら私の横を通り過ぎる。その目はやけにキラキラしていて、まるで子供のようだった。
何だろうこの感じ。よく分からないけど嫌な予感がする。
「待っ――」
「全員ぶっ潰す!」
声をかけようとした瞬間、辺りが煙で満たされた。
これって煙幕? けど何で煙幕? 何か出すの?
頭の中が疑問でいっぱいになる。煙幕で視界はどんどん悪くなっていく。しかし何が起こるのか、どう動けば正解なのか分からず、ただ立ち尽くす。そんな時煙幕の中から手が出てきて私の腕を掴んだ。
全身に力が入る。それでも腕を掴んだ人は強引に私を引っ張っていく。
「え⁈ ちょっ……待って!」
「ネムさん、早く!」
煙幕の中から声と後ろ姿が見えた。この声、それにこの後ろ姿。多分ギラルさんだ。
「いきなり何ですか⁈ この煙幕って誰が?」
「早く城に入ってください!」
「え?」
「いいですか? 城に入ったら右の廊下を進んで、突き当たりの部屋に入ってください。そうすればあなたの安全は確保できますから。城の中で騎士に会っても無視してください。ネムさんは部屋に入ってもらえればそれで充分ですから」
「安全って……ギラルさんたちは?」
「僕たちはこの人たちを足止めします」
「だから何から――」
そう言いかけたその時、腕を引っ張っていたギラルさんが立ち止まる。そして振り返って私の両肩を掴んだ。焦っているのかその力は痛いくらい強かった。
「ここは危険です! 視界は悪いし何が飛んでくるか分からない! 今は僕の言うことを聞いて城の中に避難してください!」
「でも、メレアがまだ!」
「この敷地には対魔法結界が張ってあります。メレちゃんが魔法攻撃を受けることはありません。とにかく今はネムさんの安全が第一です」
「でも……」
「早く!」
色々な感情を押し殺し煙幕の中を走り抜ける。扉にたどり着いた私は力一杯押し中に入る。城の中に入った時には近くにギラルさんの姿はなかった。
無許可で大規模魔法を使用した犯人らしき人物。その人物に詳細を伝えず城に連行。そして周りを取り囲む多すぎる聖騎士団員。
これまでの流れとさっきの光景。その要素から導かれる結論に辿り着くには、それほど時間が掛からなかった。急に不安が押し寄せ、後戻りしようがない現実が私を責め立てる。呼吸が荒くなり全身の血の気が引く感じがした。
どうして気が付かなかったんだろう。私をここに連れてくるように命令した人は初めから私を殺すつもりでいた。だから騎士があんなにいたんだ。それに気付いたメレアは私を助けるために騎士たちの注目を自分に集めた。ギラルさんも私を助け、メレアの力になるためあんな行動をとったんだ。
幸運なことに城の中には誰もいなかった。一応周囲に気をつけながら、機械のように言われた通り右の廊下を進み突き当たりの部屋を目指す。
5、60人対2人。いくら2人が強かったとしても不利なことは間違いない。仮に私が参加したところで戦力差は変わらない。むしろ結界内で何もできない私がいても足手まといになるだけだ。
メレアたちから遠ざかるにつれて悔しさが込み上げる。唇を強く噛み締めながら目的の部屋にたどり着いた私は、怒りをぶつけるように扉を開ける。
他の騎士に見つからないように扉を閉めると、急に膝の力が抜けた。無機質な扉にすがるようになりながら、冷たい石の床にぺたりと座り込む。
メレアたちはどうなったんだろう? 傷を負ってないかな? 上手く逃げてくれていないかな? もし私にも戦えるだけの力があれば。疑いをかけられる原因になった大規模魔法を発動できていたら。
次から次へと出てくる思考に合わせて涙が静かに流れる。
「どうかされましたか?」
突然背後にから声がかかった。慌てて振り返ると、部屋の奥に誰か立っていた。人数は2人。暗くてよく見えないけど体格的に2人とも男性だ。
どうして? 私が部屋に入った時は誰もいなかったはず。それなのに一体いつ入ってきたの?
涙を拭いて警戒しつつ立ち上がる。
「おっと。火を灯さずお声掛けして申し訳ない」
そう言って男性は指をパチンと鳴らす。すると部屋のあちこちにある蝋燭に一斉に火が灯った。
「っ!」
部屋の中央には私に話しかけたであろう貫禄のあるおじさんと、青年がいた。おじさんの方は色黒で額から右頬にかけて切られた傷がある。
もう1人の方は見たことがある。色白で気品のある金髪にエメラルドのような綺麗な緑色の瞳。間違いない。第3部隊隊長のルクス君だ。
と言うことは隣のおじさんは1番隊、いや聖騎士長?
「こちらからお呼びしたのに遅れてしまい申し訳ありません。お目にかかれて光栄です。私は聖騎士長のリドム。こちらは3番隊隊長のルクスです」
「初めまして」
やっぱり聖騎士長だった……ちょっと待って! この人たちが私を呼んだの? つまりこの人たちも私の敵で、ここに誘導したギラルさんも敵ってこと? ヤバい! メレア危ない! 早く助けに……でも、この2人が相手じゃ逃げたとしてもすぐに追いつかれる。とりあえず一度この部屋を出ないと
2人に気づかれないように少しずつ後ろに下がる。しばらくすると冷たい扉の感触が背中に伝わった。
よし! あとは扉を開けて外に出るだけ――
その時、急に扉の感触が消え部屋に光が差し込む。
「ふー、楽しかった! たまにはプロの人たちと遊ぶのもいいね!」
「ダメだってば、ノックしないと! 申し訳ありません。聖騎士長。ルクス隊長」
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