第19話
朝の気配に気付き目を覚ます。体を起こし窓に近づく。カーテンを少し開けて外を見るがまだ太陽は出ていない。にもかかわらず、暗くて深い青色の空が少しずつ朝に侵食されつつあった。
ため息をつきながらカーテンを閉める。そして再びベッドに戻り倒れ込むようにダイブする。
国を守った英雄のための部屋。どの家具も一流の職人の手によって作られた物だ。もちろんこのベッドも素晴らしく、横たわるだけでどこまでも沈んでいく様な感じがする。
それなのに倒れ込んだ私は眠りにつくことが出来なかった。
いつもの私ならどれだけ寝ても3度寝は余裕でやってのけるし、ほんの数分目を閉じるだけですぐに夢の中へ行ける。でも、いくら目を閉じてじっとしていようが、頭の中で羊を何匹数えようが一向に眠くならない。それも今日に限ったことじゃなく、ここ数日ずっとだ。疲れは溜まるのに睡眠時間は短くなる一方だ。
「せめて睡眠魔法が使えたら……」
無駄に豪華な天井を眺めながら呟く。この城の敷地内には住宅街より強い結界を張られている。この結界内では相当な実力の持ち主しか魔法を発動させることができない。確か、この敷地内で魔法が使えるのは聖騎士長と各部隊の隊長、副隊長だけだったと思う。
そんな結界内で勘違い英雄の私が魔法を発動できるわけがない。
「あー、もう!」
諦めてベッドから起き上がり、今度は机の置いてある方に進む。
机の上には童話が数冊とメモ用紙とペンが置いてある。ちなみにシンさんに持ってきてもらった大量の分厚い本は部屋の片隅に置いてある。
ペンを手に取り、斜線の入った四角の隣に新しく一本線を書き込む。
ルクスの代わりを始めてから今日で6日目。隊員への指示は全部ギラルさんに任せたし、今のところは大事件は何も起きていない。
シンさんから聞いた話ではルクスは街で緊急事態が起きた時に駆けつけるのが仕事で、基本待機しているらしい。
だったら私いなくてもいいんじゃない? しばらくルクスが動けなくてもそれを知っているのは聖騎士団の人だけ。魔王が攻めてきた時も私以外はみんな非難していたし、被害に関しては隠せないけど私を英雄に仕立て上げる必要はなかったはず。上手く誤魔化してルクスが魔王を追い払ったってことにすればいいのに。わざわざ――
ん? 逆かも。
ルクスが使えないことを公表してもメリットはない。国民は不安になるし、その分犯罪が増えるかも知れない。そんなデメリットだらけの公表をあの聖騎士長がするはずがない。だったらどうして? 情報が漏れた? でも、聖騎士団の中に情報を漏らすような人がいるとは思えない。あ、待って。聖騎士団以外で1人いたじゃん。
「……で、あたしってわけ?」
丸眼鏡をかけた少女はクッキーを飲み込んでそう言った。シンさんが準備してくれたクッキーをバクバク食べて準備してくれた紅茶をごくごく飲んでいる。多分このクッキーも紅茶も普段の私たちなら絶対食べることのない高級なものなんだろう。でもメレアにはそんなの関係ない。あんなにあったクッキーもいつの間にか残り数枚になっている。無駄に豪華で肩が凝ってしまいそうな空間もメレアがいると安心できる空間に変わってしまう。
「うん。メレアなら魔王が襲撃した時に私が魔法を使ったこと知ってるし、前に会った時も私がルクスの代わりをするかもって言ってたじゃん」
「あー、確かにそんなこと言ったねー。思いつきで言ったけどまさか本当にやるとはねー」
「本当に最悪だよ! 何か起こったらどうしようって毎日不安だし、美味しいご飯用意されても不安が勝って、あんまり喉通らないし。おまけに最近全然寝れなくなってるし……」
「うわー、重傷じゃん。だから顔死んでたんだね。でも、あのネムが寝れないとは。ネムから睡眠取ったら何も残らないじゃん。堕落と脂肪しか残らないじゃん」
「残ってんじゃん! いやそうじゃなくて! このタイミングで喧嘩売る?! 今私は悩みを打ち明けているんだよ! 今メレアの仕事は私の気の済むまで話しを聞いて、それで最後に私に『話聞いてくれてありがとう』って言われることじゃん!」
「いやー、話聞いているうちにあたしが寝そうだなって思って。つい」
「『つい』じゃないよ!」
怒る私を見てケタケタ笑うメレア。
相変わらずこの子は変わらない。でも、一緒にいると少しだけ気分が楽になる。ルクスの代わりは私には荷が重いけど、こうしてメレアが遊びに来てくれるならまだ頑張れるかも知れない。
「ところでメレアは聖騎士団に入らないの? ここに住めるよ」
「前にも言ったけど、あたし規則とか集団行動嫌いなんだよねー」
「私の見張り役とかサポート役とかは?」
「見張り役にしてはネムと仲がいいからって理由でダメだろうね。サポート役にするのも危険だから無理って言われると思うよ。あたし問題児だし」
「そっか……」
「でも、大丈夫でしょ。ルクスもそろそろ復帰すると思うし。あと1日か2日で終わるでしょ」
「……だよね! あと1日か2日。もう折り返し地点は過ぎてる。もう少しの辛抱だよね」
思わず出そうになった不安の言葉を飲み込み、自分自身にそう言い聞かせる。
「そうだ、これ」
何かを思い出したかのように手をパンと叩き、ヨレヨレのコートのポケットに手を突っ込んだ。そして中から小さく折りたたまれた紙を取り出した。
「何これ?」
「睡眠薬。ネムはここで魔法使えないじゃん? だから昼寝するときに必要かなって。一応3回分持ってきたから」
「ありがと! 凄く助かる!」
お礼を言いながら喜んで受け取る。そして紙を開き早速1つを口の中に入れ、紅茶で流し込んだ。
「……今飲むんだ」
私の行動を見て引くメレア。いつも人をバカにしたように笑っているメレアがこんな顔をするのは珍しい。そんなに私変だったかな。もしかして飲んじゃダメだったとか? でも薬だから飲んでも害は……あれ? 気のせいかな。なんだか頭がぼーっとしてきた。まぶたもだんだん重くなってきた気がする。
「……ごめん、もう眠くなってきた。私ちょっと寝るね」
「あ、うん。あたしも帰るから。おやすみ」
メレアに背を向け最後の気力を振り絞ってベッドに向かう。横になった途端さらに強い睡魔が私を襲う。そして私は睡魔にあらがうことなく夢の中へと沈んでいった。
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