第18話


 半分キレ気味で返事した私は二人に当てつけのような礼をして部屋を出た。扉を勢いよく閉め大きな足音をたてながら廊下を歩いていく。しかし、次第に足音は小さくなっていき歩幅も小さくなる。ついにはその場で立ち止まってしまった。そして両手で顔を覆いしゃがみ込む。


 やっちゃったー!


 心の中でそう叫ぶ。


 何で引き受けたの⁈ 私のバカ! バーカ! ルクスの代わりに私がこの国を守る? 出来るわけないじゃん! それだったら反逆罪で捕まって牢屋で過ごした方がマシだよ!

 環境は悪いかも知れないけど、牢屋の中でゴロゴロしてるだけでいいし、ご飯だってちゃんと出されるって聞いた。

 『街を守った英雄』とか『ルクスの後継者』とか変な肩書きつけられて、変なプレッシャー感じながら生きるより全然マシだ。


 どうする? 今から部屋に戻って「あの時、ルクスを殺すつもりでやりましたー。私牢屋に入りまーす」って言う? ……ううん。あの聖騎士長のことだ。そう言ったところで簡単に牢屋に入れてくれるわけがない。


 「……あのー、すみません」


 何かやるなら作戦を立ててからにしないと。あの性格の悪くて顔怖くて無駄に頭のいい聖騎士長に上手く丸め込まれてしまう。けど、出来るだけ早く計画を立てないと。

 何日もかけていたら、計画を実行する前に何か大きな事件が起こってしまうかも知れない。そうなったらみんな不安になると思うし、私は「この国を守れなかった」とみんなから言われる。


 そうなったら私はもちろんパパやママにまで迷惑がかかってしまう。パン屋は潰れるし、最悪の場合国外追放とかになってしまうかも知れない。


 あー! 本当にどうしよう……何とかしないと


 「す、すみません!」


 「ひゃっ!」


 突然大声で話しかけられて肩書きビクッと上がる。すぐに顔を両手で覆うのをやめ、声をかけられた方を向く。すると、そこには困り眉の男性が立っていた。


 男性にしては低い身長。年は私と同じか少し上。糸のように細い目と薄い唇。全体的に痩せていて、どことなく頼りなさそうな雰囲気を感じる。


 「……」


 「……」


 何だろうとその男性を見詰める。しかし彼はもじもじしたまま、一向に話す気配はない。


 この沈黙何? 普通向こうから話しかけてきたんだから向こうが話を進めるんじゃないの? ……しょうがない。このまま待っていても多分この人何も話さないだろうし。


 「私に何か用がありますか?」


 「は、はい! 用あります! すみません」


 私の質問に今度は彼が肩をビクッと上げて答える。緊張しているせいか、やけに声が大きかったし、声もうわずっていた。


 「あ、あの。僕、いや私、第3部隊に所属していますシンと申します。普段はルクス隊長の直属の部下で命令されたこと色々やっています。それで……聖騎士長聞いたのですが、ネムさんがしばらく第3部隊の隊長をしてくださるんですよね?」


 「……そこまでやるなんて聞いていないですよ」


 「え? でも、そんな……あれ?」


 聞いていた話と違うといった表情であたふたするシンさん。ちょっとかわいそうに思えてきたけど私にはどうしようもない。


 この人がルクスのパシリをやっていたのは分かった。でも、そこから先が分からない。私がルクスの代わりに隊長? 何で? そもそも第3部隊の副隊長はギラルさんのはず。だったらルクスが復帰するまでギラルさんが隊長をすればいいじゃん。確かにルクスの代わりのこの国を守るって約束はした。でも、隊長をやるなんて話は一切聞かされていない。ルクスの代わりってここまでするの? 


 「とにかく、ルクス隊長の怪我が治るまで私がネムさんのお手伝いをすることになりました。今回はそれだけお伝えしたくて」


 戸惑う私を置き去りにして話しを進めるシンさん。

 命令に従っているだけだからしょうがないかも知れないけど、個人的にはお手伝いは女の子にお願いしたかった。同性にしかお願いできないこともあるし、そっちの方が気を遣わない。それに言ってしまえば何かあればこの城で働いている使用人さんに頼むと思う。そっちの方が頼みやすいし、確実にやってくれる。


 本音を言うとここまではどうでもいい。いや、どうでもよくはないけど、勝手に私を隊長にさせたり、頼りない男性をパシリにしてきたり、ここまではまだ我慢出来る。

 一番許せないのは聖騎士長がこれらの話を私に話す前にこの男性に話していたということだ。

 

 私がルクスの代わりをやると言ったのはついさっき。聖騎士長はまださっきの部屋から出ていない。さっき決まったばかりの内容をこの人はどうやって知ったの? 魔法を使えば壁越しでも伝えることは出来るかも知れない。でも、わざわざ魔法が発動しづらい結界の中でそんなことするかな? 答えはNOだろう。


 だったら残る方法は1つ。私に聞く前から決定事項としてシンさんに伝えた。そして、シンさんを部屋の前で待機させていた。


 くそっ。私はずっとあいつの手のひらの上で踊らされていたんだ。はい、私怒りました。完全にぶち切れました。ルクスが復帰するまで部屋に引きこもってやる。家具とか重い本を扉の前に置いて開かなくしてやる。国民? 不安になる? そんなの知らない。私は私の好きなように生きるんだ!


 「シンさん。私部屋に戻るんで重たそうな本たくさん持ってきてください」


 「は、はい。でも、どうしてですか?」


 「理由なんてどうでもいいでしょう? ルクスにも毎回理由を聞いていたんですか?」


 「す、すみません! すぐ行きます!」


 シンさんはそう謝るとパタパタとどこかに走っていってしまった。


 姿が見えなくなったところで、大きなため息をつく。そして向きを変え自分の部屋を目指した。


 寝てるだけで周りが全部やってくれる生活を夢見ていたのに……勝手に英雄にさせられて、勝手に隊長にさせられて。思い描いていた方向と全然違う方向に話が進んでいる。いったいどこで間違えたんだろう。もしかしたら、ずっとパン屋で働いていた方がマシだったのかのかな?


 そんな事を考えているうちに部屋に着いた。ノブに手をかけた途端あることに気がつく。


 「この部屋、引き戸じゃん」


 つまり、実家で使っていた引きこもり手段は使えない。シンさんに頼んだ本も全く意味が無い。


 ……本当に最悪だ。


 再びため息をつきながら部屋に入った。

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