第17話
「え……これは?」
翌日、筋肉痛でベッドから起き上がれない私のもとに一人の騎士がやってきた。「聖騎士長がお呼びです」そう言って部屋を出た。昨日も思っていたかも知れないけど、本気で今日は動きたくなかった。それでもあの強面のおじさんに呼ばれたら行くしかない。
あちこち痛む体を必死に動かし部屋を出る。何も言わず歩く騎士に着いていき、とある部屋に案内される。
中に入ると無精髭を生やした聖騎士長とベッドの上で包帯をぐるぐる巻きにされた人がいた。あまりにも重い雰囲気と包帯のせいで最初誰だか分からなかった。けど私を見つめるエメラルド色の瞳でようやく誰だか分かった。
「ル、ルクス……さん?」
嘘? あれほど私に激しい特訓をさせたルクスがどうして私より重傷なの? 思い返してみれば昨日草原で私が目を覚ました時にはルクスの姿はなかった。
もしかして、私が寝ている間に魔物と戦闘を? ううん。これほどの傷を負わせる魔物ならきっと戦った痕跡が近くに残っていたはず。でも、私が起きた時にはそんな痕跡はなかった。
ということはあの場所から少し離れた所で魔物が発生。怪我から考えて、よくて相打ち。最悪の場合、今も魔物は暴れている。多分近いうちに討伐命令が下されるはずだ。
昨日のメレアとの会話が頭の中によみがえる。ルクスは魔王に手も足も出なかった。その魔王を私は追い払った。正直私は寝ていたから覚えてないし、未だに信じられない。でも、周りの人たちはルクスより私の方が強いと思い込んでいる。つまり、討伐するのは……
いつの間にか背中が汗でびっしょりになっていた。この汗がいつもの汗とは違うことはすぐに分かった。
どうしよう。私1人じゃ絶対無理だ。聖騎士の人たちを連れて行って、代わりに倒してもらう? それで倒せるならいいけど、もし私も戦わないといけなくなったら? ほぼ間違いなく私はやられる。せめて弱点でも分かれば……
「ルクスさん。その魔物の弱点って分かりますか?」
恐る恐るルクスに尋ねてみる。しかし、意外にもルクスは不思議そうな目をして私を見ていた。
「魔物?」
「はい。だってルクスさんは魔物にやられたんでしょう?」
「はぁ……覚えていないんですね」
「はい?」
「私がこうなったのは、あなたのせいですよ。ネムさん」
「え?」
それから昨日起こった出来事を話し始めた。
基礎体力をつける特訓の途中で私の心が折れたこと。急に寝転がって自分自身に睡眠魔法をかけたこと。それを起こそうとした時になぜか魔方陣が展開され、ルクスが吹き飛ばされてしまったこと。その
衝撃で色々な骨が折れ、動けなくなってしまって転移魔法で城まで帰ってきたこと。
包帯で表情は分かりにくかったけど、怒っているのは間違いなかった。
「これで、以上です」
「その……すみませんでした」
全てを話し終えたルクスに深々と頭を下げる。
ルクスのことは大嫌いだ。それは間違いない。でもここまで怪我して欲しいなんて思ってことはない。それも間違いない。
「まあまあ、頭を上げてください。きっと無意識下で魔方陣が展開されてしまったのですね。よくあることです。それにこれは不慮の事故です。お気になさらず」
「でも」
「今回はルクスにも非があります。ルクスのスキルなら魔方陣は展開する前に気づけたはず。それが出来なかったということは怠けている証拠だ」
ゆっくり顔を上げながらルクスの方を見ると不服そうな表情を知っていた。
とりあえず、この話は終わりかな? 知らないうちに凄いことになっていたけど、無事話が終わってよかった。ルクスにはちょっとだけ申し訳ないことをしてしまった。今度お詫びに私の家のパンをあげよう。
「ところでネムさん」
「はい」
部屋を出ようとしたその時、聖騎士長に呼び止められた。
何だろう? まだ何か話あるのかな?
ノブに手をかけたまま振り返る。すると聖騎士長が笑顔でこっちに向かって歩いてきた。
「今回ネムさんが我が聖騎士団に入団して頂き本当に嬉しく思っています」
「……ありがとうございます」
「しかし、人生そう上手くいきませんね。せっかく入団して頂いたのに、今度はルクスが怪我を負ってしまった。これは我が騎士団、いや我が国にとって大きな痛手です」
「……」
「この国にルクスがいる限り安心して生活できる。ルクスがいる限り他国は責めくることはない。そう思っている国民も多くいます。しかし、ルクスは少し前までパン屋だった可憐な少女に負けてしまった。そして復帰するまで時間がかかる。このことは口外する予定はありませんが、もしそれが外部に漏れてしまったら。きっと国民は不安になるでしょう」
身振り手振りを加えながら似合わない笑顔で話す聖騎士長。その動きは妙に演技臭く怪しかった。
どうしよう? この流れまずい気がする。
「そこでどうでしょう。ネムさんがルクスの代わりとなって、この国を守って頂けませんか?」
やっぱり。このおじさん最初からこの話をするために私を呼んだんだ。でも、はっきり断らないと。正直顔が怖すぎて目を見て話せる自信はない。けどここではっきり断るのが私にも、この国にも一番いい。
「で、でも! 私ルクスさんの特訓に全然ついて行けませんでした! 魔法だって偶然出来たことですし、私みたいな一般人がルクスさんの代わり出来るはずがありません!」
「事実はどうあれ、あなたはルクスに危害を加えました。聖騎士団の支団長かつ国民から信頼を得ている優秀な騎士を。先ほども言いましたがこれは大きな痛手です。見方によっては、これは我が国に対する反逆とも捉えることが出来ると思いませんか?」
言葉は丁寧で口調も優しい。でも、それが威圧感を一掃増している。
ヤバい。怖い……というか、さっき『不慮の事故だから気にしなくていい』って言ってたのに! 全然話違うじゃん!
「おっと、励ますつもりが全然違う内容を言ってしまいました。申し訳ない。年を取ると間違い増えてしまい困りますな。話を戻しますと今回の提案はあくまで私個人の意見です。正式なものではありませんので、嫌でしたら断って頂いても構いません」
絶対わざとだ。わざと間違えて私を脅しているんだ。『断って頂いても構いません』? 私には『断れるもんなら断ってみろ』にか聞こえないんですけど! 最初からYesかDeathの二択しか用意していないくせに! ……もういいよ。どうなっても知らないから。この国がひっくり返るようなことがあっても私責任取らないから!
「いいですよ! 私やります!」
ちょっとキレ気味に返事をする。しかし、そんなの痛くもかゆくもないような感じでにっこり笑った。
あーあ。私の城でのんびり生活する計画が終わった。こんなことをするために入団したんじゃないんだけどな……とりあえず両親とメレアにこの国から出るように伝えておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます