第16話

 「ネム! ネムってば!」


 何度も私の名前を呼ぶ声がした。ゆっくり目を開けると、そこには私を覗き込むように見る親友の顔があった。その目はおもちゃを買ってもらった子供のような目をしていた気がした。


 「メ、レア?」


 「おー! ネムが起きた!」


 興奮気味に私のお腹を太鼓のように叩く。痛くはなかったけど、叩くたびに肉が揺れて少し悲しくなった。


 「そうだ! 虫は⁈」


 さっきまでの出来事を思い出し、慌てて体を起こす。すぐに辺りを見渡すけど、そこにはもぞもぞ動くカラフルなイモムシの姿はなかった。その代わり多くはないけどゴミが散らばっていた。


 「あー……なんか急に全員逃げていった」


 「逃げた?」


 「うん。急にぶわーって。おかげであたしたちは助かったって感じ」


 「ふーん……」


 学校で習ったことはあるけど、あのイモムシは草原に潜み通りかかった生き物の魔力を吸い取る。ある程度吸い取ったらどこかに行ってしまうらしい。でも、イモムシの山の近くにいた私の魔力は思っていたより減っていない。あんなにいたら一瞬で魔力全部奪われると思うけど。魔力も吸い取らずすぐにどこかに行ってしまう。そんなことってあるのかな?

 それにもう一つ気になることがある。


 ゆっくり立ち上がり、近くに散らばったゴミを拾い上げる。


 うん。やっぱりこれは閃光玉の残骸だ。授業でも使ったことがあるからよく知っている。洞窟や夜に魔物と遭遇した時に使う目眩しの魔道具だ。

 私がイモ――服を集めている最中には見つからなかった。ってことは、メレアが使ったのかな? でも、こんな晴れた日に使ってもあんまり効果ないはずなのに。


 「お? どうしたの? 食べ物でも見つけた?」


 残骸をじっと見つめる私の後ろからひょっこり顔を覗かせる。


 「違うよ! ほら、こんな所に閃光玉の残骸あったから何でだろって思って」


 「あー、これね……ネムが寝ている間暇だったからさ。これ靴の裏につけて発動したら空飛べるかなーって思って」


 「飛べるわけないじゃん」


 「そんなの、やってみないと分かんないでしょ!」


 「あ、うん……それで、どうなったの?」


 「いやー、全く飛ばなかったね」


 「……」


 「でも気持ちは負けてないから! あの一瞬だけは私の気持ちは誰よりも高い場所にあったね!」


 「……ねえ、もう帰ろ」


 「……うん」


 そう言ってメレアを宥めた私は、二人並んで国へ続く道を歩き始めた。


 肉体的にも精神的にもヘトヘトな私に対して、メレアは妙に元気だった。きっと私が寝ている間に面白いことでもあったんだと思う。何かな? どうせ私が変な顔して寝てたとかだと思うけど。


 「そう言えばだけどさ」


 とぼとぼ歩いているなか、急にメレアが口を開いた。


 「ルクス君、しばらく騎士休むかも知れないよ」


 「へ?」


 さっきまで下を向いていた私は思わずメレアの方を見た。驚く私とは反対にメレアは真顔で前を見ながら話を続ける。


 「多分、修行か治療で休むって連絡が来ると思う」


 「修行と治療って全然別ものだけど」


 「あははっ、確かにね。でも聖騎士として活動できなくなるって意味では一緒だね」


 「そうだけど……そもそも、何でメレアにそんなこと分かるの?」


 「んー、勘かな」


 「勘って……あいつが休むなんて想像できないけどね。逆にボロボロになったあいつを見てみたいよ」


 今日であいつのこと大嫌いになったけど、実力は間違いない。

 魔法が発動しにくい場所で簡単に魔法を発動したり、何もない所から剣を出したり。今日見ただけで色んな魔法を使っていた。そんな奴が簡単にやられるわけない。


 「でも本当にルクス君が休んだら代役ってネムがするの?」


 「何で?」


 「何でって。単純にルクス君の次にメレアが強いから?」


 「私まだ入団してから数日なんですけど。実戦経験もないんですけど」


 「でも魔王追い払ったじゃん。ルクス君ですら追い払えなかった魔王を。実質状況次第ではルクス君よりネムの方が強いよ」


 「そんなこと言われても……」


 そんなことを言われても覚えていない。覚えていないし、信じたくもない。

 多分、たまたま私が寝ている間に無意識で魔法陣を展開させ、それが運良く魔王を吹き飛ばした。奇跡に奇跡が重なった。ただ、それだけだ。

 英雄って言われて、お城で生活できるのは嬉しいけど、いつ化けの皮が剥がされるのか不安になりながら生活している。


 もし私がルクスの代わりをしなくちゃならないってなったら、多分私はそのプレッシャーで簡単に押しつぶされると思う。


 「まあいいや。あ! ネム、この石、街に着くまで蹴って帰ろうよ」


 「何それ、子供じゃん。恥ずかしいよ」


 「どうせ誰も見てないし」


 嫌がりつつも結局メレアと一緒に石を蹴ることになった。石を蹴って帰るなんて久しぶりだけど、意外と楽しかった。こんな時間がいつまでも続けばいいのに、そう思いながら太陽に照らされる草原を歩いた。

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