第20話
「ふわぁー! よく寝たー!」
ベッドから体を起こし大きく伸びをする。外を見ると外が少し暗くなっていた。メレアが城に遊びに来たのはお昼少し前だったはず。ということは半日ぐらい寝ちゃってたんだ。聖騎士の人たちが訓練を頑張っているなか私だけが優雅に睡眠。寝不足が続いていたのもあるけど、ちょっとだけ申し訳なく感じてしまう。
「ん?」
ふと枕元を見るとシーツに黒いシミが出来ていた。大きさは硬貨くらいの大きさで、時間が結構経ってしまっているのか完全に乾いていた。
どうしよう。汚しちゃった。枕の位置をずらせば隠せるけど……これって私が弁償しないといけないのかな。何で汚れたか分からないけど、多分シーツの下にも汚れがついている気がする。城のベッド、しかも国を守った英雄に使わせるほどのベッド……私が働いて弁償できるのかな?
とりあえず、濡れた布でも持ってきて応急処置をしよう。上手くいけばバレずにすむ。
慌ててベッドからおり、使用人さんの部屋に向かおうと扉のノブに手をかけた。
ガチャ
「「うわぁぁぁ!」」
驚きのあまり大声を出してしまう。まさか扉のすぐ向こうに人がいるなんて思いもしなかった。びっくりして2、3歩下がる私に対して、扉の向こうに立っていた人は腰を抜かしてしまった。
心臓を落ち着け、腰を抜かした人を見る。すると見覚えのある顔がそこにあった。
糸のように細い目と薄い唇。頼りなさそうに見える困り眉。間違いないルクスのパシリのシンさんだ。
「あれ? シンさん?」
よっぽどびっくりしたのか「ひぃ」と情けない声を出して震えている。
「シンさん、落ち着いて。私です。ネムです」
「え? ネムさん?」
「はい、そうです」
「……しばらく物音がしなかったから外出されてのかと」
「えっと。その……ベッドで横になって瞑想してました」
「つまり、寝ていらしたということですか?」
「それは……そんなことより、シンさんはどうして私の部屋の前に?」
「は、はい。ティーセットをまだ片付けていないことを思い出しまして。しばらく聖騎士長の命令で外にいたものですから」
そう言えば、机の上にクッキーの皿とティーセットが置かれたままだった気がする。私は置かれたままでも気にしないけど、せっかく取りに来てもらってるし持って行って――
何気なくシンさんを部屋に通そうとした瞬間、とある事を思い出す。
シミ忘れていた! 今ってどうなっていたっけ? 枕で隠していたっけ? 机はベッドから離れた所にある。多分この人ならシーツのシミになんか気付かないと思う。でも、運良く見つける可能性もあるし。
「あ、あの!」
「はい!」
「私が片付けをしておくので大丈夫ですよ」
「え、ですが……」
「ほら、もう少しでルクスも復帰しますし、そうしたらシンさんの仕事も増えると思いますよ。私の時くらい楽してもいいというか何というか――」
「ルクス隊長、復帰されるのですか?!」
ごにょごにょと誤魔化す私にシンさんは詰め寄る。いつも自信なさげで頼りなさそうにしているシンさんが急に詰め寄るからびっくりしてしまった。
「は、はい。そんな話をメレアから聞いて」
「ちなみにいつですか?」
「あと1日か2日って――」
あれ、どうだっけ? あの後すぐに寝たから記憶がごちゃごちゃしている。メレアは私を励ますつもりで言ったんだっけ? それともギラルさんからきいたんだっけ? そもそもメレアそんな言ってたっけ?
「分かりました。それでは失礼します」
「あ、はい」
考える私にシンさんはそう言って去っていってしまった。その顔は心なしか怖かった気がした。
静かに扉を閉めしばらくそのまま立ち止まる。
シンさんってルクスが復帰するの嫌なのかな。そういえばメレアが前に「ルクス君は聖騎士団の人から嫌われてるらしいんだよね」って言ってた。本来は入団してから10年かかると言われている隊長に数年で上り詰めた。やっぱり先に入団した人にとってはルクスさんの存在は面白くないんだろう。私も特訓に付き合って初めて知ったけどルクスは自分の価値観を人に強要しすぎている。自分が出来るなら相手も出来る。人を育てるうえで、その考えはよくない。
ルクスが復帰することで空気が悪くなる。シンさんはそれを心配していたのかな。
「でも、私はルクスに戻ってきて欲しいんだよね」
私にはこの仕事は荷が重すぎる。このままじゃ私はどんどん不安になるし、もし何かあった時に何も出来ない。聖騎士団の人たちの気持ちは分からなくはないけど、このままの状況はよくない。いったいどうしたら……
「あ、ティーセット」
問題に行き詰まり何気なく部屋を見渡す。すると、さっき私が片付けると言ったティーセットが目に入った。
「ベッドのシミも何とかしないと」
色々やるべき事を思い出した私は、まずティーセットが置いてある机へと向かった。
慣れない手つきで1つずつ片付けていく。割らないように慎重に慎重に。
その間もルクスやシンさんのことが頭から離れなかった。ティーセットを使用人さんたちの部屋に持って行き、ついでに濡れた布を貸してもらった。部屋に戻ってシミをゴシゴシ擦るが少し滲んだだけで、それほど変わりはしなかった。諦めて枕でシミを隠し、再び使用人さん達の部屋に布を返しに行った。
すっかり暗くなった部屋に明かりを灯し、ベッドの上に腰をかける。
あれからしばらく考えたけど結局答えは出なかった。私にもっと実力があれば話は変わってかも知れないけど、私はただの無力な一般人だ。私なんかが考えたところで何も変えることは出来ない。
そんなことを考えながら夕食の時間になるのを待った。夕食を終えると手早く入浴を済ませた。そして日中メレアからもらった薬を飲み、早めにベッドに入った。
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