第24話

 物心ついた時には暗い部屋の中で生活していた。


 カビの匂いがはびこる場所で命令があるまでひたすら待つ。手枷と足枷がつけられ、窓には鉄格子がはめ込まれている。部屋には自分と似たような子供が数人いたが、何か話すわけでもなく全員死んだ目をして下を向いている。

 自分たちの命がそう長くはない。誰もがそう悟っていた。それを証明するかのように、誰かがいなくなれば誰かが連れてこられる。その繰り返しだった。

 初日に泣き叫ぶ子供も痣や無知の傷が全身に出来き、その傷が癒え始める頃にはこちらの住民になる。床を這い回る虫の方がよほど自由だった。


 そんな地獄がどれほど続いた時だっただろうか。

 いつものように死んだ目で任務を待っていると施設の外から騒がし音が聞こえてきた。少し気になったが、どうせすぐ静かになるだろうと無視を続けていた。

 しばらくすると騒ぎは収まり、施設内からガチャガチャと金属がぶつかり合うような音がした。音は次第に大きくなり、部屋の前まで来る。流石にこれには恐怖を感じたのか全員が自然と扉から距離をとった。


 鍵がガチャリと開く音がし、錆びた音を出しながら鉄の扉がゆっくりと開く。全員が注目する中扉から顔を見せたのは甲冑を纏った騎士だった。


 「子供たちを発見! すぐに保護を!」


 そう言うと他の騎士たちも部屋に入って「もう大丈夫だから」「よく頑張った」などと優しい声をかけ手枷や足枷を破壊していく。破壊された部品が床に落ち高い音を奏でるにつれて、周りの子供の目から涙が溢れていく。

 あまりに急な展開にシンは理解が追いつかなかった。しかし、毛布に包まれてこの部屋から出ていく時には他の子供たちと同様に声が枯れそうなくらい泣き喚いていた。


 その後、治療を終えた子供たちは大臣らしき人の元へ案内された。

 大臣の話によると、この国にある男が襲撃を仕掛けに来たらしい。その男を追い返すことは出来たが、被害は甚大で復興するまでにかなりの時間がかかったそうだ。

 事が落ち着いて襲撃の際に使われた潜伏地らしき場所の調査をしている途中で騎士が偶然シンたちを見つけたらしい。

 本来ならシンたちは親のいる場所に返されるはずだったが、襲撃の被害が凄まじく親に会うにはかなり時間がかかると説明された。


 「そこで君たちには隣の国いる襲撃を企てた奴を暗殺してほしい。なーに、難しい話じゃない。やられた分を仕返しするだけだ。もちろん君たちの面倒はしっかりと見る。それに君たちがご両親と再会した時、自分の子供が英雄になっていたらさぞ喜びになるだろう」


 そう大臣に頼まれた。両親の記憶がないシンにとっては仕返しなどどうでもよかった。だが自分を助けてくれた人たちへの恩返しがしたい。そう思い、この頼みを引き受けた。


 それからは人を殺すのに必要な知識と技術を身につけ、国を襲撃したであろう男がいる国へと潜り込んだ。大臣の話では襲撃をした犯人はその国の聖騎士団に所属するルクスという男らしい。


 国に潜り込んだシンは努力を重ね聖騎士団に入団し、それからもルクスに近づくために努力を重ねた。

 だが努力を重ねれば重ねるほど、ルクスの事を調べれば調べるほど勝てる未来が見えなくなっていた。剣術、体術、魔術。そのどれをとってもルクスの足元にも及ばない。おまけに魔力の動きを可視化し相手の動きを先読みするスキル。活路が見えないまま焦る日々が続く。そんな時とある情報が入ってきた。


 『ルクスでも歯が立たなかった魔王を倒した人物がいる』


 初めはデマだと思っていた。しかし、魔王襲撃後のルクスを見ていると単なるデマではないような気もしていた。

 ルクスの代役として城に来たネムという娘。あの娘にはルクスを倒せるほどの何かがある。その実力を使えばルクスを殺すことも容易いだろう。しかし、どう唆してもあの平和ボケしたような娘にはルクスを殺す度胸はない。ならばどうする? 答えはすぐに出た。


 ネムを殺し、死体を国に持ち帰る。解剖や死霊魔法を使いルクスを倒すことのできる『何か』を自由に操れるようにする。それを使いルクスを殺す。少し回りくどいがほぼ確実に目標を達成できる方法だ。


 この国には広範囲に魔法を使いづらくする結界と感知魔法が使われている。下手に魔法を使えば娘を殺せたとしても逃げる時間がない。

 本来なら毒を塗ったカップで紅茶を飲ませ、金で雇った連中が騒ぎを起こしている最中に逃げる。そういう作戦だった。しかしながら、ネムは一向に死ぬ気配はない。むしろ夕食をガツガツ食べるほど元気だった。

 一緒に来た友人が間違えてカップを取ったか? いや、それなら友人に異変が起きていたはず。考えられるのは紅茶を飲まなかったか、あるいは毒が効かない体質だったとか。


 暗闇に目が慣れたシンは再びネムのもとに歩み寄る。自分が危険に晒されているとも知らずすやすやと気持ちよさそうに寝ている。


 毒が効かなかったことはもういい。これで刺してしまえば終わりだ。


 シンは手に持った短剣を振り上げネムの心臓目掛けて精一杯振り下ろした。


 ガチン!


 予想とは違った音と手に走る嫌な痺れに驚き目を見張る。

 確かにシンの振りかざした短剣は布団を貫き心臓のある位置に刺さっているはずだった。にも関わらず、何度刺しても硬い感触ばかりで肉を突き刺す感触は返ってこない。


 鉄板でも入れているのか?


 短剣を抜きおもむろに布団をめくってみるが、もちろんそんな物あるはずがない。寝巻きにも短剣で刺した穴が空いている。寝巻きに特殊な加工がされているわけでもないみたいだ。

 今まで数々の暗殺をこなしてきた。だが剣が刺さらない人間なんて初めてだ。もしかしてこの贅肉に特別な魔法がかけられているのか? くそっ、ただのデブだと思って油断していた。


 毒も効かない。剣も刺さらない。ならばあとは魔法しかない。魔法で殺して一旦国に帰る。その後仲間に死体を回収させれば解剖や死霊魔法を使える。せっかく聖騎士団の目を城の外に向けさせることが出来ているんだ。手段を選んでいる暇はない。


 短剣をしまい寝ているネムの真上に魔法陣を展開させる。


 

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