第23話

 暗く静まり返った廊下を歩く。今まで何百回も歩いてきたはずなのに雰囲気のせいでどこかに迷い込んだのではないかと思ってしまう。

 だが、今は気を引き締めなければならない。ほとんどの騎士たちはそれぞれ命令された場所に向かって行くのが見えた。聖騎士団長は訓練場から動く気配はなさそうだ。おそらく、もしもの時に備えてあの場所にいるのだろう。ルクス隊長はまだ復帰していないが、あの人が簡単に死ぬわけがない。無駄なことを考えていないで今は自分の考え通りに動かなければ。


 そう思いながらシンはネムのいる部屋へと向かう。


 少し早足で誰にも気付かれないように廊下を進む。すると、ある異変に気がついた。

 廊下の一部が明るくなっている。どうやら部屋の中の明かりが扉の隙間から漏れているのだ。普段ならまだ誰かが起きていると思うだけで特に何もしなかっただろう。しかし、それの部屋がネムがいる部屋なら話は変わってくる。

 足音を殺しながら部屋に近づきそっと扉に耳を当てる。すると中から物音がした。


 こんな時間に誰だ? しかもこんな状況の時に。聖騎士団長はネムさんの警備をなど言っていなかったはず。つまり、この中にいるのは騎士ではない。


 扉から耳を離し、気を引き締めてから静かにノブに手をかける。すると回してもいない扉が勝手に開いた。


 「っ!」


 「キャアアー!」


 目が合った途端、部屋の中にいた人物は叫び声を上げて扉を閉めた。閉まった直後ガチャリと鍵の閉まる音がして、その後バタンと何かが倒れる音がした。


 一瞬何が起こったか分からず立ち尽くすシン。しばらくしてから目的を思い出し、合鍵で扉を開ける。

 念のため扉を少し開け、隙間から中の様子を確認する。すると、さっきの人が仰向けで倒れているのが見えた。バタンという物音はこの人が倒れた時の音だろう。他に人がいないか廊下や部屋の中を見渡し、静かに部屋に入る。


 扉を閉め倒れた人をよく見る。くるくるとしたツタのような緑色の長髪。倒れているせいで正確な身長は分からないが自分より高いのは確かだ。年齢も若くネムさんと同い年か、それより下だろう。昔に何か運動をしていたのか全体的にしっかりしていて、奥のベッドですやすや寝ているネムさんより強そうに見える。一応ここの使用人の服を着ているがこんな女性見たことがない。新人かそれとも――


 警戒しながらゆっくりと近づく。そして膝をつき女性の肩を軽く叩く。


 「!」


 すると女性は大きく目を見開き、まるでバネでも入っているかのように勢いよく上半身を起こす。予想と違った動きに驚き、シンは少し後退りしてしまう。

 女性は足を伸ばして座ったまま辺りを見渡す。そしてシンの存在に気づいた女性は座ったままシンから距離を取る。壁際まで移動した女性はそのまま睨みながら拳を構えた。


 座ったまま構えても……

 内心そう思いながらもシンはゆっくり口を開いた。


 「私は聖騎士団第3部隊に所属しており、普段からルクス隊長のお手伝いをしておりますシンと申します。それで……あたなは?」


 シンがそう言うと女性は目をパチパチさせながらシンの姿を観察する。甲冑姿のシンを見てようやく気が付いたのか女性は拳を下ろした。


 「わ、私はサーラと申します。このたびはこの城で働かせていただくことになりました。そ、それで大臣にお酒を届けるように先輩に言われまして。ですが、まだ城の部屋の場所を把握していなくて。偶然開いている部屋を見つけたのですが、この方が大臣ですか?」


 緊張しているのか震えた声でサーラは言った。なるほど大臣の部屋を探しているうちに間違えてこの部屋に来たのか。

 だが今は非常事態だ。ここで話している時間ももったいない。早くこの女性にも避難してもらわないと困る。


 「サーラさん。実は今街で怪しい人たちが――」


 「わ、私怪しい人です!」


 「は?」


 「ま、間違えました!私は怪しい人ではないです! 本当です! 本当に間違えただけです! 信じてください!」


 「分かりました。あなたが怪しい人ではないことは知っています。だから落ち着いて」


 「はい……」


 そう言ってサーラは大きく深呼吸をした。

 

 自分で「怪しい人です!」と言ったときは驚いたが、こんな純粋そうな人があんな計画を立てるようになればこの国は終わりだ。それにしても、それぞれの場所に向かった部隊はどうなったのだろう。それなりに強い人だからいい感じに戦ってくれるとありがたいが。


 「はい。落ち着きました」


 「とりあえずサーラさんは先輩たちの所に行ってください」


 「ですがお酒がまだ――」


 「お酒は僕が届けますから。後のことは全部任せて、早く避難してください」


 「……分かりました」


 先輩たちに任されたことを放棄して自分の安全を優先させることに抵抗があるんだろう。その気持ちはよく分かる。


 納得がいっていない様子だったが、サーラは首を縦に振り立ち上がった。そして一瞬お酒を見てからシンに「お願いします」と一言言ってから廊下に出た。タッタッタッと廊下を走る音が徐々に遠くなっていく。確認のためシンも廊下に出た。左右をよく見てから、そっと静かに目を閉じる。


 よし。近くに誰もいない。


 部屋の中に入り静かに扉を閉める。


 「ネムさーん。起きてください。避難しますよー」


 声をかけてみるが反応はない。音を立てないように近づき顔を覗き込む。だが思った通りネムはすやすや寝ていた。どうやらこの英雄は話に聞いていた通り物音程度では起きないようだ。


 「あれだけ大きな音が近くでしていたのに。よく寝ていられるな」


 1人呟きながら今度は部屋の灯のスイッチの場所へと歩み寄る。そしてシンは静かに灯を消した。すぐに部屋の中が暗闇で満たされる。


 「あーあ、また暗闇に目を慣らさないと。時間もないって言うのに」


 そう言いながらシンは隠し持っていた短剣を抜いた。

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