第25話
城の方から大きな音が聞こえた。重い物が勢いよくぶつかった時のような衝撃音とすぐ後に聞こえたガラスの割れる音。訓練場にいた聖騎士団長とメレアが振り返ると近くの木が大きく揺れた。小枝を折り、葉をざわ目つかせながら1人の男が落ちてくる。
落ちた後も少しも動かないことに違和感を感じた聖騎士団長は剣に手を掛け、ゆっくり男のもとへと近づく。
近づくにつれて男の顔がはっきり見えてくる。
聖騎士団の中でも低めの身長。頼りなさそうに見える困り眉と薄い唇。間違いない。シンだ。
男の正体がわかった聖騎士団長はすぐに駆け寄り脈を測る。
……よし。脈は正常だ。数カ所骨折しているが、これなら放っておいても大丈夫だろう。しかし、今のは何だったんだ?
シンから少し離れ、城の壁がよく見える位置に移動する。ガラス片が至る所に落ちているようで、歩くたびにガラスの割れる音がした。
見上げるとたくさんある窓の1つが派手に壊されている。あの階はほとんどが客間で、穴が開いているのは確かパン屋の娘がいる部屋の正面の窓だ。
視線を再び下に戻す。他に何か異変はないかと辺りを見渡すが特に何も見つからなかった。
おそらくあの娘が魔法を暴発させ、廊下で見張りをしていたシンが吹き飛ばされたのだろう。衝撃に耐えられなかったシンは窓を突き破りそのまま外へ。
シンに娘の護衛を頼んだ覚えはない。だが、これは今回の襲撃とは関係のない事故の可能性が高いだろう。後はあの腹立たしい娘に任せてルクスの見張りに戻らなくては。
「あれー? 犯人放置でどこ行くのー?」
元いた場所に戻ろうとしたその時、頭上から声が聞こえた。見上げると色とりどりの魔法陣を展開させ空中に浮遊するメレアの姿があった。
「何をしている」
「ちょっとネムの部屋に行ってきてねー。そしたら面白い物見つけちゃった」
そう言ってメレアは聖騎士団長の足元に『ある物』を投げる。腰をかがめた聖騎士団長は地面に刺さった『ある物』を引き抜いた。
「短剣か……」
「そう。部屋の中に落ちてた。前にギー君に聞いたけど柄のお尻の所に自分の名前が入っているんだよねー」
柄の後ろを確認すると確かにシンの名前が彫られていた。
「これが部屋の中に」
「うん。多分ネムを暗殺したらどこかに逃げるつもりだったんだろうね。だから名前入りの武器を使った……あ、ちなみにネムの体には傷はなかったよ」
『聖騎士団長、報告です!』
今度は頭の中に声が流れる。この声は感知部隊の声だ。
『城内で3つの魔力を感知しました。1つ目はシン隊員の魔力です。その直後に英雄の魔力。そして……これは今もなお感知しておりますが、あの問題児の魔力です』
「分かった。問題児はこちらで何とかする。引き続き感知を続けろ』
『了解』
早口で伝えられた情報。最初に感じた微かな疑いはやがて確信へと変わっていく。
『第3部隊に告ぐ。至急5名訓練場に集合せよ!』
『了解』
テレパシーで用件を伝えた聖騎士団長はその場で不快ため息をつく。
「お? その顔はこの人を犯人と認めた顔だね。よかったー! 『仲間を疑いたくはない』みたいなバカなこと言わない人で」
「感情を優先すれば国の危機に関わる。仮にこいつが今回の襲撃とは無関係だとしても、一時的に牢屋にぶち込むことで不安要素は1つ減る。今はそれで充分だ」
「確かに。あと敵がどれぐらいいるかも分かんないもんねー。どうする? 『あと100人ぐらいいます!』ってなったら」
「その時はその時だ。それより早く魔法を解け。感知部隊の邪魔だ」
「えー! 久しぶりに空飛んだのにー! あ、でもこの前も飛んだか」
「いいから早くしろ!」
「はいはい、分かりましたよ。まったく……せっかちは嫌われるよ」
聖騎士団長に言われ、文句を言いながら地面に降り立つメレア。そして気にもたれるようにして座り込んだ。
聖騎士団長は妙に訓練場の方を気にしている。メレアが空中に浮遊している時でさえ、訓練場の方を気にしていた。
訓練場には人を隠せる場所はほぼない。だが端の方に訓練で使う道具が保管されている小さな倉庫がある。訓練場に団員を集合させた時から聖騎士団長は頻繁にその倉庫に視線をやっていた。
メレアは早い段階でルクスが倉庫にいることは分かっていた。しかし、聖騎士団長の様子を見ていればあの倉庫に何かあることは誰だって分かるはずだ。
「過保護って言えばいいのかな? それともバカって言えばいい?」
呆れた様子でメレアは言う。
「何の話だ」
「もう演技はいいよ。ルクスの居場所は分かってるし。というかずっと思ってたんだけど、何でルクス使わないの?」
「ルクスは今治療中だ」
「聖騎士団の治療を受けているのに? まだ治らないとか嘘つくにしてももうちょっと考えてよ。さすがにバカにしすぎ」
その言葉に聖騎士団長は何も言わずに下を向く。
「作戦聞いた時から気にはなっていた。城の中に騎士を配置しないんだろって。配置のことを部外者のあたしに言うんだろって。まだあるよ。回復したルクスを復帰させずルクスの代わりをネムにさせた理由とかね」
「……」
「答えは簡単。全部ネムの能力を知りたかったから」
「……」
「何かあれば能力を使う。まして自分の身に危険が迫っているのならば。あたしに騎士の配置を教えたのもそれかな? あたしを動揺させて喋らそうとした。でも残念。あたしの親友を信じる気持ちの方が強かったね」
そこまで言うと聖騎士団長はメレアの方を見た。その顔はやけに誇らしそうで「ならばどうした」とでも言いたげだった。
「あたしも好奇心のためなら手段を選ばないからその気持ちは分からないでもないよ。あなたも聖騎士団長としてこの国を守らないといけないってのもあるし」
「許してくれるのか。まだまだガキだな」
「タダじゃないよ。ちゃんと条件がある」
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